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かなり予定のシーンをぶった切って半分ぐらいの内容になってるんですが、先日公開した[The God of Death]をこちらにも載せておきます。
(最初のシーンを書いてから1年ぐらい立ってるので文体が変化していますが大目に見てください。せめて高校時代も1本ぐらい書き終えておきたかったので)

リンク先のほうが読みやすいです。

  ⇒ PC用 The God of Death
  ⇒ 携帯用 The God of Death (0)(1)(2)(3)(4)
The God of Death   seiron

Chapter(0) Story in Arsgalz(ストーリー イン アースガルド)


 西暦20XX年 日本、東京都中心区――

 銃声が一つ鳴り響き、沈黙の後に悲鳴が上がり始める。
 窓の外から中の様子を覗く、中はパニック状態だ。
 会場には金持ちで平和な世界に暮らす奴らばかりだ、そうそう収まるわけがない。
 振り返ると手を一度、素早く振り合図を出す。窓から漏れる光で俺の姿は見えるはずだ。闇の中から一瞬小さな光が浮かぶと窓へと向き直る。
 窓のガラスに美しい満月が映る、発見はされやすいが動きやすい、いい夜だ。
「進入開始……」
 右手には換気口が見える、ドラマや小説であそこからはいるが、機動力が落ちる。
 俺達はそんなところから入るような馬鹿じゃない。
 窓に手をかけるとあっさりと開く、予定通りに……だ。
 それと同時に向かい側のガラスが数枚割れ、光を反射させながらガラスの破片は舞い降り、着地と同時に数名の顔を斬りつけ、またもや悲鳴が響き渡る。
 全ての人物の視線がそこに集まる、その瞬間窓から十数メートル下に飛び降り、着地と同時に重心を崩し、音を消し去るとそのまま回りを見る暇なく、予定通りに廊下へと駆け込む。
 そして一番手前の扉を素早く開けると、もう一度ガラスの響く音が聞こえ、それを合図に暗やみに包まれたその部屋へと身を隠し、腕の付けたデジタル時計を見ながら呟く。
「二十……十……」
 扉を開けると、腕を伸ばしその人物の胸ぐらを掴み引きずり込む。
 抵抗は一切無いと言うよりも、抵抗などする時間はない。部屋に入るとほぼ同時に扉を閉め鍵をかけると、耳を澄ます。
 扉の開く音、そして何人かの足音が聞こえ出す。報告では五名か……
 そして、処理に移る、銃の先をそいつのこめかみへと移動させると、何も言わせないまま引き金を引くと銃声が響き渡る。
 廊下を歩く音が止まり、足音が早くなると扉を叩き、口々に生命の確認をとる。
 窓によると窓に手をかけ、開け放つ。夜風が気持ちよく顔を撫でる。ここは五階にある客室用の部屋だ、もちろん、俺の為に用意された部屋ではない。
 扉を叩く音は、扉を壊し進入しようとする音に変化している。
 腕をめくり、電波時計へと目をやる、時間通りだ……
「五……四……三……二……一ッ」
 最後の言葉は空中で発する、中に舞い出るとともに、重力に体を捕まれる。
 それに引きずりおそられるよりも早く、開けた窓へと手を伸ばし、弾きそれを元の状態へと戻すと、扉の砕ける音が響いた。
 先を確認せずに、右腕を闇へと伸ばすとそこに触れる縄の感触、ついで左足を思いっきり伸ばすと足の裏に何かが触れる、それを蹴り飛ばすと体は振り子のように揺れはじめた。
 そこで伸びる腕、それを左腕で掴むと窓からその部屋へと体を引きずり込まれる。
 先ほどまでいた部屋と同じように、電気は一切点けられておらず、月明かりのみで部屋の中が覗ける。
 そこから廊下へと躍り出ると、部屋の中にいた人物を開け放った窓から飛び降りさせると、俺自身も窓枠を蹴り飛ばし、そこから身を投げると今度こそ、重力の腕に体を捕まれ引きずり込まれる。
 三階の廊下を歩く男と四階の客室から出てくる男、落下を続ける状態からそれに向かって二発、鉄の玉を放つと正確に胸の中心へと吸い込まれる。
 そして、視界が館の回りを囲む壁へと変化する。
 道と館との境界線であり、道からの攻撃を防ぐ鉄壁の壁、それが侵入者であり、暗殺者である俺達の身を隠してくれる。何であれ一長一短だ。
 俺を迎えたのはコンクリートの道ではなく、人の腕だ。ボールをキャッチするように抱きかかえるようにして、受けとめる。音はない。
 そして向かってくるワゴン車、それが通り過ぎた後には元いた場所には俺がいた痕跡は残っていなかった。
「ふぅ……。今回も無事任務終了っと」
 彼は隣の椅子に深く腰掛け、帽子を脱ぐとそれで顔を仰ぎながら、懐からたばこを取り出すと、それを吸い始める。その煙が鼻の先をくすぐる。
「ハルさん、たばこ吸うなら窓開けて下さいね。」
 運転席からすかさず声が跳んでくると、男は渋々窓を少し開ける、すると煙はそこから外へと逃げ出し始める。
 ハルと呼ばれた男……ハルこと青葉春斗は俺の相棒であり、兄貴的存在と言えばいいだろうか、無造作に生えた黒髪の奥には鈍く黒い瞳が光っている。歳は聞いたことはないが、外見は二十代前半だろうからそれぐらいなのだろう。
 口から煙をはき続けるハルに話し掛ける。
「彩の奴、ちゃんと脱出できたのか?」
 弥彩、俺達と共に任務についた俺と同じ歳で一年前から色々と世話になってる。弥彩、なかなか読まれないが、アマネ アヤと読む。
「アイツのことだ、何かあったらそれはそれで何とかするだろ」
「大丈夫です。さっき連絡があって、渋滞で少し遅れるそうです」
 ハルが適当に答えた後、運転席から正しい情報が聞こえてきた。俺はそうか、と呟くと体を椅子に任せる。
「今日の任務、最後の二人だけど。
 あそこであの場にいなかったら、失敗に終わったよな。」
 そう言うと、ハルがのんびりとした口調で返事を返した。
「今回は、情報はさんざんあったのに、時間が無かったんだ、取引と愛人に会うためにあの二人があそこに出てくる確率は70%以上、上手くいったんだから良いだろ?」
 火のついたままのたばこを指先で左右に振る、先で燃えている火が暗闇で光ってまるで蛍のようだ。
「運も実力の内って言うだろ?」
 たばこをくわえると、ハルはさらに続けた。
「それにしても、毎回感心させられるな。
 俺達の組織に突如姿を現し、そして十五で組織に所属する者でも難しいと言われるA級の任務を毎回楽々とこなした。束ねられた銀の髪は月夜にきらめき、音も立てず接近し標的は逃がさない、計画通りに事を運ぶ――
 本日にて十六歳になった、銀浪のアキラ。
 今回の任務は、銀浪の強運のおかげで成功したんだよな、銀浪?」
「ハル、その名前あんまり好きじゃないんだけど」
「別にいいだろ、銀浪?
 ちょうど満月だ、狼男に変身してみろ」
 ハルは再びたばこを吸い出す。
 これからややこしいことが起きるような気がするから、先に自己紹介をした方がいいかもしれない。
 俺の名前は月夜暁、ツキヤと読む決してツキヨではない。他のメンバーにはアキラや銀浪と呼ばれている、銀浪と呼ばれる理由は、この長い銀の髪からなのだろう。あまりにも長いため、紐で括ってはいるのは彩のアイディアだ。正直どちらでも良いのだが……
 街に座り込み、ただ自分を避けて歩いていく大人達を眺めていた毎日、そんな毎日に手を差し伸べてきたのがハルだった。
 生きるための技術と、この世界について様々なことを教えてくれたのがハルだった。
 俺よりも二年も先に組織に入っていたハルは、俺を弟のように、いつしか相棒として、育ててくれた。
 一度何故暗殺の仕事を受けるのか? と聞かれたことがある、俺がハルに付いていったときからその理由は変わっていない、俺は彼女を見つけ、そして……殺すためだ。
 最後に言っておくが、いくら銀浪と呼ばれようが、人間が狼男に変身なんてできるわけがない。もし出きる人間がいたとしても、俺はそんなことは出来ないので、悪しからず。

Chapter(0) Story in Arsgalz - END -


Chapter(1) Garalholn's Sound(ギャラルホルンズ サウンド)


 突然体が前方へと押し出される、どうやら着いたようだ。窓の外は行き交う車で明るく照らされている、都会のど真ん中に作られた五十階建てのビル、表向きはインターネットサービスを中心に行う、大企業だが本当の姿は国とも関係を持ち、暗殺の依頼を受け持つ暗黙の了解を得ている犯罪組織。
 警備員にチェックを受け、防犯ガラスで出来た自動ドアを二枚くぐると、受付ホールに出る。左側に受付があり、右側は全面ガラス張りのカフェになっている。
 ガラス張りの向こうは手入れされた庭になっている。昼食などをここで取ることも珍しくはない。
 中央奥には大きな階段があり二階にある、特別ホールへと繋がっている。その階段の両端には奥へと続く通路があり、エレベーターは階段両左右に設置されている。俺達はどちらも使わないのだが……
 受付の女性に挨拶を交わし、IDカードを渡すと素早く読み取り機にそれを通し、パソコンの画面に表示された数字を見ると、後ろのロッカーを開け、その数字と同じ数が書かれた鍵を手に取り、俺達に渡す。
 俺達が去ろうとすると「お仕事、ご苦労様です。」と彼女はいつも通り言ってきた、満面の笑みも忘れないでいる。「そちらも」と微笑み返してからと階段の裏へと向かう。
 掃除の手抜きも見られない、いつも通り丁寧に清掃されている。本当のことなど何も知らない普通の会社員が忙しく、隣をかけていく。
 彼のような人たちのおかげで、俺達の組織は成り立っていると言っても良いだろう、あくまでも表向きは、普通の企業なのだ。
 階段の裏に回ると、左側の壺を持ち上げその下に隠されたプレートに指を押しつける。重々しい機械音と共に壁が左右に開き、隠されたエレベーターがその姿を現した。
 中にはいると真っ暗な液晶が目に入る。何処の階に止まるかというボタンはない、そのかわりに受け付けで渡された鍵を、扉の脇作られた鍵穴に差し込むと捻る。すると、液晶画面に階の説明とボタンが表示される。
 四十の階を押すと、壁にもたれ掛かっているハルの隣へと移動する。
「あ、やべ……」
 ハルがいきなり声を上げると、体のあちこちを叩き、全身を叩き追えたところで停止し、俺の顔を見る。顔には冷や汗さえ浮かんできている。
「なっなぁ、俺って今日銃持ってきてた……よな?」
「もしかして――」
 エレベーターが停止し、扉が開く。背中を押され通路に押し出される、振り向くと、扉が閉まり始め、ハルの姿が見えなくなり始めている。
「取りに行ってくる、先に行っててくれ!」
 そう言い残すと、姿が完全に見えなくなった。エレベーターの動く音が徐々に小さくなり、聞こえなくなった。そして、一人呟く。
「今頃、警察だらけだぞ」
 ため息をつくと、ゆっくり歩き始める。いつも通り、白で統一され、まったく手を抜かずに清掃されている。
 ちなみに、一定間隔に付けられている扉は木で出来ている。鉄で作った方が襲撃に対しては有効だとは思うのだが、ここまで厳重なら必要ないか……
それにしても、ハルの奴馬鹿だよ。だいだい、任務中に落とすなんて――
「あっ――」
 突然間抜けな声が耳に入り込み、俺の頭を叩くと、視界が橙色で埋め尽くされる。そして顔を泥に突っ込んだような感触が広がる、後ろに下がろうと右足を下げようとすると下がるまでもなく、視界が元に戻った。
 目の前には茶色の髪を肩半ばまで伸ばし、後ろで一つに束ねている女性が呆然と立ちつくしている。水色と白色の布で作られた清掃員の服装を着て、左手にはバケツ、右手に持っているのは掃除用の――
「モップ……?」
「すっすいません!」
「そんな事したら――」
 彼女は三本のモップを両手に持つと勢い良く頭を下げる、そして左手に持っていたバケツの水が勢い良くバケツの外へと飛び出る。床にぶつかった後、水がはじけ辺りを濡らす。もちろん俺の靴も例外ではない。
「すっすいません……」
 頭を上げてその有様を見ると、もう一度頭を下げる。これ以上誤り続けられたら、またなにかしでかすかもしれない。
「気にしなくて良いです」
 俺はそう言うと、彼女が顔を上げるのを待ってから改めて話し掛ける。よく見ると清掃員とは思えないほど美人だ。元俳優か何かだろうか、なら噂にもなっているはずだが、今のところ聞いたことはない。
 しかも、どう見ても俺と同じ歳か一つ上だ。
 おかしいな、俺が知る限りでは、この組織に未成年は俺と彩、後は二名ほどしかいないはずだ、と言っても全員自分の歳など教えたりはしないから、正確には何名かはわからないが……
 とにかくそう多くはないはずだ。それに清掃後の片づけを受け持っていると言うことはやっぱり――
「新社員……ですか?」
「あっはい。今日からここで働かせてもらってます」
「岡村 由未さん?」
「えっ、どうして……」
 胸に付けている名札を指さすと、ああ、と頷く。この組織の者なら誰でも同じ事をするだろう。新しく入ってきた所じゃ驚くのは仕方ないか。
「岡村 由未です。歳同じですし、由未って呼んで下さいね」
「あ、はい」
「暁さんは敬語使わなくて良いですからね?」
 そういうと、お辞儀をしてから荷物を抱えるとそのまま走り出し、角を曲がったところで姿は見えなくなる。何かが引っかかる、名前の事ならバイトならともかく正社員なら組織の者の名前を知っていておかしくは無い。でも、何か引っかかる。
 そんなことよりも、俺も彼女も大事なことを忘れていた事に気付く。
「床、拭いてから行けよ……」

 俺達の組織は表でも裏でも”アクライド”という名で統一され呼ばれている。
 表では日本の全てをつなぐインターネットサービスを提供する企業として数年前に造られた、インターネット使用者の八十%はアクライドを使用している。
 裏でも絶大の支持を得ている、他にも数社同じような仕事を行っている会社があるのだが、アクライドが王の座を発足当時から守り続けている。
 暗殺を主に取り扱う裏の顔では、政治家や医者からの依頼が多い。
 自分に対立し、自分の地位を危なくさせる者を消してくれと言う物が多いのだが、時折一般市民からも依頼がやって来る場合がある。
 その場合は、何処でその情報を得たのかと言うことに視点を置かなくてはならない。もしも、世間にアクライドの裏の顔は暗殺などとは知られてはならないのだ。
 昔依頼を受けた政治家などからの紹介でやってきた場合は、依頼を受けるが、世間に本来の姿を知られるようならば、その場で監禁、または暗殺だ。その他の人物からの依頼は受けず、丁寧に噂だと言ってお帰りを御願いしている。
 組織の者には給料も与えるし、もし必要ならば部屋も用意する。依頼が無いときの外出や旅行は自由だが、裏切るようなことをすれば、死への道が迎えてくれる。
 もっとも、組織を裏切るなんて考える者はいない。そんなことを考えるのは、よっぽど追いつめられた者か、頭が逝ってしまった者だけだ。

「お待たせしました」
 どこからか、凛とした声が耳をくすぐる、視界がぼやけて照明の光がまぶしい。視界に映るのはボードを持った受付の女性、組織の中でも上位を争うほどの美貌の持ち主で、面倒見が良い上、仕事と私事の境をしっかりと作り、話し方もそのたび変えるのだ。
 黒髪を腰まで伸ばし、紺のスーツを着こなしている。良きお姉さんといった感じだ。
 名前は新垣未沙、ファンクラブもあるほどの人気者――
「暁君疲れてるのね、ぐっすり寝てたわよ」
 時計を見ると九時を指している、ここに来たのが六時だから三時間近く、待合室のソファーで寝ていたことになる。明日から有給でも取って休むか、任務中に倒れたりしたら大変だからな。
 辺りを見回すが、ハルの姿は見えない。警察に捕まったりすることはないから、銃がなかなか見つからないか、警察が多すぎて動きづらいのだろう。
 ハルの姿は見えないが、彩の姿がそばにあった。ソファーに身を任せ、気持ちよさそうに寝ている、肩より少し下まで伸びた、茶色の髪を後ろでくくっている。
 仕事の後と言うこともあって、黒のズボンに黒のTシャツだ、黒のジャケットは寝るのに邪魔らしく、ソファーのそばにある、机の上に投げ捨てられている。ズボンとTシャツの隙間から銃やナイフの端が見えている。
 仲間の俺が言うのも何だが、服装がこうでなければ可愛い……かもしれない。
 呼吸に合わせて、肩が上下している。相当疲れているのだろう、起きる気配は全く感じられない。そこで、起こすか起こさないかを彩の前に立ち悩んでいると、後ろから肩を叩かれる。
 振り返ると未沙さんがそこに立っており、優しげな笑顔を作り出す。そしてその笑顔を保ったまま、口を開いた。
「任務中に色々と出くわしたらしくてね。
 それの臨時対処に加え、渋滞で警察の捜査網にも捕まえられて銃を隠したりするのに結構神経使ったみたいよ。今は寝かしてあげましょう?」
 彩は小さく声を出しながら寝返りを打つ。仕方がないか、今日は俺一人でもいいだろう。どうせ、報告と有給休暇の申し出をするだけだ。
 未沙さんにお辞儀をしてから部屋の中に入る。銃などの武器の没収は一切無い、社長が有る意味尋常では無いため、取り上げる必要がないのだ。
 中に入ると、いつも通り社長は椅子に座って待ち受けていた。そしていつも通り、淡々と報告をする。口は全く挟まれない、黙々と俺の話を聞いている。

「――ということで、任務完了です。」
「よくやった、銀浪」
 いつの間にか社長までも、俺のことを銀浪と呼んでいる。この前は月夜と呼んでいたはずなのに……
「青葉と弥の姿が見えないようだが」
 ぁ、言い忘れた。
「青葉は不注意のため、銃を任務中に落としてしまい、戻りました。弥の方は、披露のため休養しております。」
 社長は一言だけ「そうか」と返事を返すと手を振り、「もう出ていっても良い」と指示を出す。扉へと外へ出ようと足を踏み出すが、再び向き直る。
「しばらく、休みをいただきたいのですが」
 返事は素早く、そして短かった。
「新垣に言っておけ」

 扉を開け、廊下に出るとソファーをベット代わりにし、彩はまだ寝ていた。入る前よりも髪や服がやや乱れ、銃が廊下に落ちている。涎を垂らしていないだけまだ、女らしさが残っていると安心しても良いのだろうか。
 この場合は、良いのだろうと思いたい、そうであって欲しい。
 それにしてもよく寝ているな……というか俺もよく寝ていたのか、さっきも有給休暇のこと言い忘れかけたし、本当に疲れているのかもな。
 彩から視線を外し、回りを見回すがハルはまだ帰っていないようだ。帰っていたら部屋に入ってくるから当たり前と言えば、当たり前なのだが……
 受付に座り、本に目を向けていた未沙さんは俺に気付くと、笑顔を送ってきた。
「しばらく、休日をいただきたいのですが」
 受付の前へと移動すると、早速話を切り出す。休暇は大分残っているはずだ、休暇の申請はしておかないと、いきなり呼び出されては困る。
 一度だけ、ハルと二人で申請も無しに、沖縄へ遊びに行き、向こうに着いたとたん、呼び出され、何もせずに戻った上に、社長直々の説教。あんな事は、もうこりごりだ。
「明日から2日間でよろしいでしょうか?」
「あ、出来れば三日間で御願いします。三週間ほど働きづめですしね」
 アクライドは週休制ではなく、自分で休暇日を決めるのだ、一年間に五十日間休みを取ることができる。実際の所仕事のない場合は、社内で待機と言うことになっているため、運かよければ毎日が休日、常に出動態勢をとっていないといけないのだが。ちなみに、そのための設備として売店、図書館、トレーニングルームなど、何故か温泉まである。
「わかりました。それでは良い休暇をお過ごし下さい」
 彩を起こすためにソファーへと向かうと、後ろから声がかかった。今度は仕事としてではなく、気の利くお姉さんとして。
「ハル君と彩ちゃんの分は良いのかしら?」
「必要なら、自分で取りに来ますよ」
 そう言うと彩の肩を突つこうとして、手を止めた。未沙さんが俺の腕を掴み、静かにするようにと、人差し指を立てている。
 軽く笑った後、スカートのポケットから何かを取り出した。三角錐型の厚紙でできたそれの先からは、一本糸が出ている。これは、クラッ――
 彩の耳元で一発の爆発音が鳴り響く、彩は誰かに叩き起こされたように跳ね上がり――たたき起こされたのだが――ソファーに座り込み、目を丸くさせながらこちらを見る。
 そこに、クラッカーから発射された長細く切られた紙が降ってくる。
「あ……新垣さんとアキラ君?」
 あまりにも間抜けな顔だったためか、体が自然に動き、彩の頭を人差し指で軽く突き飛ばす。寝起きのせいもあるのか、「あぅ」と声を漏らしながらソファーにもたれ掛かる。普段ならゴーレムのようにびくともしないくせに。
「……どうして、銃落ちてるの?」
「それで、よくこの仕事が勤まるな、おまえ」
「勤まって……無い?」
 彩の目線の先には未沙さんが立っている。すこし間が空いた後、未沙さんが口を開く。
「勤まってる……と思うわよ」
「ほらね?」
「……微妙な間はなんなんでしょうか」
 そんなことはどうでもいいのか、銃を拾うと中身を確認し、安全装置を指でいじってから、再びズボンに挟み、「さてとっ」と一人呟くと、未沙さんに一度頭を下げ、一言言った後社長室前から自分の部屋へと移動を開始する。それにつられて俺も未沙さんに軽く手を上げ「それじゃ」と言って歩き出し、彩を抜かし自分の部屋への通路を歩く。
 そして、一つ目の角を曲がったところで、俺の後をつけてくる気配に気がつく。振り向くまでもなく、匂いだけで誰が後ろにいるのかは解る。一年前からずっと共にしてきた匂いだ。
「どうして、俺の後ろを歩くんだ?」
 振り向かずに、そのまま話し掛けると、当然のように返事が返ってきた。
「エレベーターに向かってるから――じゃないの?」
 そのまま話し掛けられる事も、話し掛けることもなく、ここに登ってきたエレベーターの隣に設置されているエレベーターに乗り込み、今回はIDカードを使うことなく、三十二階のボタンを指で押す。
 彩は俺の後から中に入り――ボタンを押さない。
「おい、押さなくていいのか?」
 ボタンを指さし彩に尋ねるが、返事よりも先にチーンと音を立てて扉が開く。すると、俺を押しのけて、廊下に出る。俺は……置き去りだ。
「おっおい…!」
 閉まりかける扉から慌てて飛び出し、スタスタと廊下を歩いていく彩を追いかける。無理矢理肩に手をかけて止めても良いのだが、こう見えても彩は格闘のスペシャリストと言ってもいい、接近戦にかけては俺と同じ……または、それ以上の腕前だ。剣術などの部分を含めれば俺を越えているだろう。下手に手を出すと、あっという間に天地逆転ということになる。
 仕方がない、俺は俺の部屋に帰ればいいだけだしな――

「あの、ここは誰の部屋でしょうか?」
 彩はなにやら鼻歌を歌いながら、電気のスイッチを押すと俺の質問にゆっくりと答えた

――笑顔で。

「アキラ君の部屋」
「で、どうしてここにいるんだよ……?」
「晩ご飯、まだでしょ?」
 そう言いながら、どこから取り出したのか、彩専用としか思えないエプロンを被ると、冷蔵庫の中を覗き「やっぱり」と呟いた。
 冷蔵庫の中には食材などほとんど無いはずだ、料理など習ったこともなく、出来るわけがない、だからハルがいつも作っているのだが、たまに今日のような場合がある、その場合は、大体外で済ますか食堂へ行くのが習慣となっている。
 さぁ、食材は無いんだからさっさと帰れ……
 そう思い、その場に立ちつくしていると、彩は無言で扉に向かう。そのまま何も言わずに帰るかと思ったが、廊下に出ると扉を閉めながら生き生きと言う。
「少し待ってて!」
 ……戻って来るのかよ。何故に俺に手料理を食べさせたがる。そう言う関係じゃないだろうが。
 窓を開けると、まず夜風が顔を撫で髪を悪戯に躍らせる。軽く深呼吸をして、目を開けると視界に広がるのは夜の都会だ、流石三十二階と言うこともあり、あちこちで光が点滅し音をたて、動き回っている。
 遙かかなたに地面が見える、人間はどんどん上へと登っていくのだろう。それは知識であり、力であり、思想でもある。そうして、気がついたときには地上は見えないほど下にある。
 ぐるりと見回すが、自然の姿はほとんど無く、鉄だけで出来た世界がそこにはあった。
毎晩こうやって眺めていると、暗闇の部分はどんどん減っていってるのだと、つくづく思わされる。
 彩が戻ってきても、入れないようにしておこうと思い、窓はそのままにして振り返る。
 何故か、部屋の鍵が置かれているはずのテーブルの上に目をやるが、そこには朝読んだままの新聞と俺の携帯が置かれているだけだ。
 ……アイツ、持っていきやがった。

 数分後、彩は生き生きしながら、ニンジンやジャガイモを入れたスーパーの袋を手に持ち戻ってきた、俺の鍵を使って。
「もうすぐ出来るよ~?」
 台所からカレーの匂いと一緒に彩の声が流れてきた。
 俺はというとベットに寝転がり、昨日ハルが買ってきて、俺の部屋に忘れていった小説を読んでいる。”大胆な人生”という謎のタイトルを大きく表紙に書いたその本で読書感想文を書けといわれても「面白かったです。」としか書けない気がする、これの何が面白いのかまったくわからない。
 それをハルがニヤニヤしながら読んでいた姿を思い出し、挟んであったしおりを取ると、数ページ先に挟み直す。
 そのまま、元あった場所へとそっと置くと、何事も無かったように再びベットに身を任せる。ハルの奴遅いなぁ……ナンパでもやってんのか?
 そんなことを考えていると、食器がぶつかる音が聞こえ始めていた、そしてカレーの匂いがどんどん近づいてきている。
「はい、出来たわよ」
 新聞を俺の上に投げ捨てると、カレーと水を二つ、新聞に対してとは正反対の態度でテーブルの上に並べていくのが、見ずとも音で解る。
「あっそうだ、ちょっと、聞いて――あぁぁ!」
 なにかに躓き、声は途中で途切れ悲鳴に変わる。そのままベットに倒れこんでくる――うん、避けよう。俺は右腕と使って天井ぎりぎりまで飛び上がると、そのまま床に着地し――

なにかを踏みつけ、滑ってベットに倒れこんだ。

幸い腕を伸ばしたおかげで彩にはぶつからずにすんだが、二人これだけの距離で目が合うのは気まずい気がした、というよりも他人に見られたら必ず誤解される。間違いなく。
「…………」
 彩の頬が朱色に染まってきている。
「ア……キラ君?」
「あ、あぁ、すまん」
 彩の目に映る俺の頬が朱に染まっているのは光の錯覚なのだろう。きっとそうだ、そうに違いない。
「私、別に――」
 彩が何かを言う、それが何か分かる前に、否頭では次の言葉か出ていた――矢先、ドアノブが回る音が聞こると、当たり前のように扉が開き、そこから人が出てくる。
 始め会ったときとは服装も違い、TシャツにGパンという姿で茶色の髪もくくっておらずストレートの髪が滑らかに流れている、そして、掃除用具のかわりに紙袋を持っていた。
「ゆっ由未……さん」
 部屋を見回すわけでもなく、その目はしっかりと俺と彩を何も言わず見据えている。そして、しばらくの沈黙の後、彩と目が合うと、ようやく彼女の頬が次第に赤くなり、目も次第に大きく開かれていく。
「おっお邪魔しました! すいません!」
 そう言うと、扉を閉めようとする、それを彩がいつの間にか俺から抜け出しドアノブを掴んで強引に引き留める。沈黙、何かを言うわけではなく、体が勝手に動いたという感じだった。
 しばらくは由未さんも彩もこの状態に困惑しているようだった。とりあえず、由未に手招きし、中にはいるように指示する。彩もその後ろからついてくると、何故か俺の後ろに隠れるようにして立つ。
「アキラ君の……彼女?」
 まず、口を開いたのは彩だった、俺が答える間もなく由未がすかさず返す。
「あっ、いや、違います。私が暁さんの彼女なんて……」
 それだけ言うと、再び頬を赤らめる。そして訪れる沈黙、このままじゃ晩飯はいつになるか解らない。
「えっと、とりあえず言っておきますが、俺と彩は由未さんが思っているような関係じゃ無いですよ。それに、さっきもハプニングでああなっただけで、そう言う状態じゃ無かったので、気にしないで下さいね」
 一気にそれだけ伝えると、彩の頭が背中にドンドンとあたる。彩も後ろで頭を上下させているのだろう。
「それより、それは?」
 腕を後ろに回して、隠しているようだったが気になるので紙袋を覗き込んでみる。
 俺が中身を確認するよりも早く、由未さんはそれをテーブルの上に置くと、更に顔を赤らめ早口で言いながら、紙袋の中身を取り出そうとする。
「ハルさんが出ていて、食事に困っているだろうと聞いたので、良ければ食べていただこうと思いまして――あ、いりませんよね……」
 その目は二つのカレーを捕らえると、紙袋から手を出しテーブルの上から下ろし、背中の後ろに回すと、うつむいてしまった。
「いや、カレーってのは一晩寝かせると美味しいわけですし。
 だから今晩はそれは避けて、明日の朝に回して、今晩はどうしようかと――」
 見苦しい言い訳、一晩寝かせる? 皿に盛ってあるのに? 自分でも何を言っているのか解らない。ハルがいないから悪いんだくそぉ! と心で叫んでみるが、ハルは扉をけり破って登場しなかった。
「だから、えーと」
 俺が言葉に困っていると彩が少し前に出て、「い、いっしょに食べませんか?」と誘ってみた。
「すいません、ちょっと用事があるので失礼させていただきます」
 初めからそうするつもりだったのか、先ほどのあれが原因かは分からないが由美さんは断った。
「ぁ、これは置いていきますね、朝ご飯にでもして下さい。今晩はそれでしょう?」
 そう言うとクスリと笑いと扉へと向かい、廊下へと出ていく、そのまま扉を閉めるかと思ったが、顔を出し、一言付け足した。
「敬語は不要ですよ」
 そして、扉の閉まる音。しばらく立ちつくした後、自然に彩と目があった。

 目が覚めると、朝日と共に酷い頭痛がした、頭を押さえながら上半身を起こすと隣には彩が気持ちよさそうに寝ている。
 そして、寝返りを打つと同時に、その腕が今まで俺の頭があった場所を叩きつける。エプロンは外していたが、服装は昨日のままだ、しかし、ソファーで寝ていたときよりも乱れていた。そして銃とナイフは、また落ちている……
「いや、マジで女なのかどうか聞いていいでしょうか?
 そういや、昨日カレー食って――ん?」
 そこから先が全く思い出せない、頭の叩かれすぎで軽く記憶喪失だな。かんだが大したことはなかった気がする、皿も洗って片づけれているし別に異常なところはない……
 いや、問題点が一つだけあった。どうしてコイツがまだ俺の部屋にいて、どうして俺の隣に寝ていたかだ。記憶以外に身体に異常はない……部屋も昨日のままだ、こうなると本人に聞くしかないな。
 窓を開けると、風が髪をもてあそんだ、そう言えば紐いつほどいたんだ?
 紐を探しているうちに携帯の画面が目に入った、拾い上げると着信が一件残っており、ついでにメールも二通来ていた。
『少し遅くなる。 ハル』
 一言、それだけ書かれていて他には何もない。やっぱり、ナンパか。そう思いながら指を動かし、もう一通を開ける。知らないアドレスだ。
『昨日は突然すいませんでした。
 良ければ、今日の夕飯私に作らせていただきませんか? 由未』
「…………」
 どうやって調べたんだ、未沙さんに聞いたのか……?
 返事のメールを打つと送信を押して、中止を押した。
「ハルが帰ってから返すか、なんか買ってきたらもったいないしな」
「あっ、もう9時!」
 静かだった部屋に突然声が響く、振り返ると彩が立ち上がり、Tシャツの裾に手をかけている。おい、まさか――
「おっおい、ここ俺の部屋!」
「えっ……?」
 これだけ静かでなければ、聞き逃してしまうぐらい小さく呟く、すでに上半身は下着だけになっている。そこを隠すわけでもなく、ゆっくりとこちらへと目線を動かす。見事に膨れた胸が……いや、彩の顔はどんどん赤くなり、その声は突然上がった。
「アキラ君のオオカミー!」

――銀浪ですが、なにか。

 そう思った瞬間、柔らかい感触を顔に感じたかと思うと、そのまま足が床から離れ背中から倒れ込む。そこに今当たったと思われる枕がずり落ちる。
「まさか……」
 呟いた瞬間、視界に中を舞う物という物が映る。「やばい」と呟くよりも早く原田が反応し、次々跳んでくる物という物を枕でたたき落とし始める。間に合わない物は体を捻って避けながらも、なんとか、本当にジリジリと彩に近づいていく。
 彩は目をつぶり、片腕で服を押さえ隠しながらもう一方の腕で手当たり次第に物を投げつけている。その手の先には、ナイフが不気味に輝いている――やばぁ……
 その手がナイフの柄を掴んで投げつけようとした瞬間、刃の部分を蹴り飛ばし振り上げた彩の腕を掴む。
「おっおい――」
「おおかみー!」
 その声が聞こえた後、すぐに世界が回転し、気がつけば天地が逆転していた。彩のいた場所から投げ飛ばされたらしい、そのうえに壁に掛かっていた草原の写真が上から落ちてくる。しかも、角から――
「うぉ!」
 首を曲げると、顔がもとあった場所にそれは音を立てて落ちる。
 上下反対の彩が歩いてくるのが見える。まだ服は着ておらず、片腕で押さえ、もう片方でハルの本を持っている。その目は未だに敵を見る目だったが、昨日のことを思い出したのか、やがて目が大きく開かれていった。
「ごっゴメン」
「…………」
「あっ、そんな目で見ないでよ」
 そんなこと言われても、気持ちのいい朝からいきなり地獄に堕ちたのだ、何か言いたくても何から言えばいいものか。
 そんな俺の前で、俺の顔から目を離さずに後ろを向きTシャツを着る。
「…………」
 立ち上がる際に、軽く彩の頭を指でつくと昨日の晩のように「あぅ」と言って、後ろに倒れ込む。昨日はソファーがあったが今日は何もないため、そのまま後ろに倒れる。
 彩は「何するのよ」と言おうと口を開いたのだろうが、俺が口を押さえそれを征する。
「これで勘弁してやる」
 そう言うと、蹴り飛ばしたナイフを拾い、「ほらよ」っと彩に投げ渡す。もちろん柄の部分が手元に来るように回転をかけて。
 ナイフの柄は軽く音を立てて、彩の手の中におさまる。
 仕方が無く、散らかった物の後始末に取りかかる。まったく、だから彩を部屋に連れ込みたくないんだよ……
「ねぇ」
 俺の気持ちを知ってのことか、彩が後ろから肩を叩いて話し掛けてきた。息を一度つき、
「なんだよ」
「次これやったら、アキラ君どうする?」
「……おまえ、なにされたいんだよ」
 沈黙、そうなるなら聞くなよと悪態をつくと再び後かたづけに取りかかった。彩はと言うと、それ以降、俺の取り戻した静かな朝を奪うような真似はせずに、黙ってベットに座り込み、ひたすら終わるのを待っていた。手伝えよ。

 あらゆる場所に投げられた物を、元の位置に戻し終わると、ベットに横になり、ハルのあの本を手に取った。
 しおりのあるページを開くと何かが違った、このページに挟んだっけ? 確か『大胆な行動を目指し』という見出しがあったような……
「おい、おまえこの本読んだのか?」
「読んでないよ。そんな変な名前の本読むと思う?」
「――だよな」
 明らかにしおりが挟んであるページは変わっている。
 少し内容に目を通し、昨日読んだことに気がつき首を傾げる。
 戻ってる―俺が挟み直す前のページに……
 誰かが入ってきたのか? いや、そんなことは無い。ここは普通のアパートとは違う、アクライドの本社にある社員用の部屋なのだ、進入できるわけがない。
 いくら考えても答えは出るわけもなく、これ以上考えても仕方がないのでベットに投げ出すと、時計に目をやる。すでに針は十時を指している。すでに出勤時間だ、休みを取って置いて正解だな。
 台所では彩が遅めの朝食を作ろうと、冷蔵庫の中を覗いていた、昨日持ち込んだ物が残っているのだろう。
 ……あれ? 出勤時間だよな。
 台所からは包丁とまな板が奏でる、リズム感の良い音が聞こえている。
「おまえ、出勤しなくていいのかよ?」
「うん。昨日の夜、電話で休暇取ったから」
「そっ、そうか」
 電話で申請が出来るなんて初耳だぞ、未沙さんに直接電話したとしか考えられない。まさか、未沙さん彩に俺が休暇取ったこと教えたな……?

「何処行くの?」
「本屋と古本屋」
「本買いに行くって、言えばいいじゃない」
 俺の後ろを彩がついてくる、昨日のような黒づくしではなく普通の女性がするような……至って普通、似合っていないこともない。時々男共が彩を見るのが、何故か頭にくる。
 回りの男から見れば、それほどに魅力的なのだろうか、この彩という女は。確かに胸は……まぁ、発育が良いが……じゃない、そうじゃなくてだ。
 最近の俺はどうしたっていうんだ、あれか思春期ってやつか?
 この子と付き合えたら――そんなことを考えている男がいそうだが、というか実際いるのだろうが、長い間組んでいる俺の意見としては、相当苦労するだろうな。今朝のことを思い出すとぞっとする、俺じゃなかったら即死してるかもしれないぞ。
 ついでなのだが、俺の髪をじろじろと見られるのも少し気になる、日本人の多くは黒髪、たまに茶色なのだ。銀色の髪、そしてここまで長いとなると更に珍しいのだろう、すぐそばで数名の女子校生が携帯を前に突き出し、カシャリと音を立てながら写真を残していっている。
「いつもの事だけど、やっぱり目立つね」
「半分……いや、ほとんどがおまえ目当てだろ、俺に対する殺気とか気付かないか?」
 俺がそう言うと、彩は辺りを見回し、人差し指を顎にあて空を眺めながら、少し考え込む。少し間を置いた後、彩は笑顔で言った。
「そんなことないよ、全部暁君を見てるよ。殺気じゃなくて、憧れじゃない?」
「……なんの憧れだよ」
 こんな会話を交わしていても、俺達は犯罪者だ、もしもの時のためにエアーガンに似せた銃を忍ばせている。いくら何でも町中で実弾を使うわけにはいかないので、強化ゴム弾を打ち出すようになっている。
 人を殺す能力はない物の、当たり所によっては実弾よりも確実に痛い。大人でも下手に当たればすぐに気絶は避けられないし、骨が折れてもおかしくはない。
 本物を持ち歩くよりは、危険は減るだろうし、身を守るだけだ。この銃で十分いける。
 捕まってアクライドの裏の顔を知られないためでもある。
 ついでに、もう片腕には少々大きめの――いや、パンパンに膨らんだビニール袋を提げている。中身は……まぁ、言わなくてもいいだろう。
「さーて、到着だ」
 横を振り返ると、大都市の中に意地になって自然を残した公園が目に入る。表は子供達が走り回る、活気溢れる場所だが、裏へと回れば裏切られ、捨てられ、傷つきゴミのように扱われる人が暮らしている。
 数人というわけでもなく、大都市の中にあるだけあって何十人という数だ。俺の出身地であり、第二の故郷だ。
「あれ、本屋は――」
 そう呟く彩を完全無視し、大声で呼びかける。
「おーす、久しぶりだな」
 その裏側に足を踏み入れ、ビニール袋を持った手を大きく掲げ、挨拶をするが、ダンボールなどを住み家とする彼らは、「おまえの来るところじゃない」とばかり睨み付けてくるが、それはすぐに笑顔に変わった。
「久しぶりじゃのう、どうじゃ仕事の方は?
 紹介してもらった企業で上手くやっとるか?」
 一番始めに声をかけてきた中年のおっちゃんは、至って元気そうだった。現代に生きる人間よりも元気かもしれない。
「茶でも飲むか? 茶菓子もあるぞ?」そういって後ろを振り返り、我が家に潜るが苦笑いで出てきた。
「あーすまねぇ」
 「賞味期限切れてるんだろう?」とそれが言われる前に笑い返す。ここにまともな食い物など通常無いというのが正しい。ただし今日だけは別だ。
「さーてと、ちょっと用事があるからさっさと配るぜ?」
 そういうとビニール袋の中身を広げる、コンビニで買ってきた食べ物や日用品だ、路上に生きた頃世話になった人たちへの恩返しというのか、日課というのか……
 まぁ、女子校生で言うプリクラを撮る程度の事だ、俺にとってはだが。
「企業って言ったって、どういう仕事なんや?
 いい加減、教えてくれてもいいんちゃう?」
 座って、老人におにぎりを数個渡していると、既に食パンを受け取った青年が話し掛けてくる。関東では珍しい関西弁でしゃべる青年、そういえばこの前からここに住み着いていたな。仕事に就けたのなら出ていけと言われるのが、普通の裏村だが、ここは違う。
 世界からはみ出された人が集まる。そういう裏村だ。
 だから、普通の暮らしを出来る者も、富を気付いた者もその逆の者もここでは住み着くことが出来る。あくまでも住むのではなく、いつの間にか出ていく者もいるのが裏村とも言える。
「ちなみに――お仕事については秘密だよ♪」
「ぉ?」
 いままでただ、黙って話を聞いていた彩が首を突っ込んできた。そういえばここにこいつを連れてくるのは初めてだったな。
「……なんだ、その手は」
 さりげなく彩の方に手を回す、関西弁男。もう片方の手は怪しく更に動いている。
「ええやないか、どうせ仕事仲間……やなかったらゴメ――ぉぅ?」
 ドスンと思い音を立てて、ひっくり返る関西弁男。そして笑顔で「ゴメンね?」と囁く彩、それをただ見る俺、なんなんだこれは漫画か何かか?
「はぁ……やめておけって、言おうと思ったのになぁ……」

 あの後数十分挨拶に回ったりして過ごした後、街へと戻ってきた。第二の目的である本屋へと行くためだ。
 それにしても、彩の”男は全員狼的な考え”は早く消し去らなければいけないだろうな。確かにあの関西人はそういう奴だが……一般人も投げ飛ばしそうだな。
「!」
 突然、服の袖を思いっきり引っ張られ、足を止めさせされる。
 「なんだよ」と顔で表しながら、首だけで彩の顔を見る。
「何処まで行くの?」
「何処って、だから本屋――」
 彩の指さす先、そこには俺の目的地である『ホワイト・ビジョン』がこの前と変わることなく建っていた。
 ――何時の間に引っ越したんだ?
 メイン通りに面する、今では珍しい店長と店員のたった二人で営業している。その割には清掃が行き届いており、店内も明るく、通りに面する壁はガラス張り。年代物から最近の物、子供から大人まで活用する店だ。
 二階は店長の知り合いが経営する、喫茶店になっている。よほど仲がいいらしく、店内で行き来することが可能になっている。
 一階で本を買い、そのまま二階で本を読みながら、コーヒーを一杯というのが俺の日課だ。喫茶店の方は店長と従業員の三人で経営しているのだが、何故か従業員の二名男女共に美形で、それ目当ての若者からおばさんも入ってくるなど、年齢層の幅が広い。
「いらっしゃい」
 店内に入ると不景気そっちのけの店長の声が掛かる。たった一人の店員の声も、それに続いて聞こえてくる。
「あぁ、月夜君」
 店長は俺の姿を見ると同時に、手招きをしカウンターへと呼び寄せる。
「悪いが、青葉の奴に例の本届いたって言っておいてくれないかな?」
「別に構いませんよ。その例の本ってなんですか?」
「えーと、これです」
 後ろから現れたのはホワイト・ビジョンの唯一の店員。剣道柔道共に有段者らしく、更に合気道まで出来るというのだから驚きだ。その割にこの仕事を気に入っているのか、本を整理する顔はまさに、字をそのまま映し出したように生き生きとしている。
 彼の手には一冊の本が握られている。それを受け取るとタイトルに目をやる、『永遠の破局』と今にも崩れるような字で書かれ、表紙には一組の男女が背を向け会っている。
「…………」
 後ろにの台には同じ本が数十冊並べてあり、追い打ちをかけるように大きく”店長もオススメ!”の赤い文字が貼り付けてあり、その台にはその本のポスターも貼られている。
 ポスターには、全米で三百万部の大ヒット。ついに日本上陸……他にも色々と書かれ絵いるが、それほど面白いようには思えない。作者の名前が明らかに日本人だ、日本よりも先に全米デビューとは一体どんな人物なのだろうか?
「ホントに売れてるか?」
「今日だけで、四十冊売れましたよ。
 後はここにおいてある十冊で終わりなので、後は再入荷待ちなんです」
「…………」
 本から目を離すとガラス越しに、ハルの姿を見つけた。昨日と同じ服装で人混みの中を、他の物に見向きもせず、ただひたすらに前へと向かっている。
「あっ、ハルさん」
 そう言って外に出ようとする彩の手を、ハルから目を離さずに掴んで、彩を止める。
 何かおかしい。
 赤見も店長も、いつものハルとは、明らかに違う様子に気がついているようだ。
 目をこらすと、人混みでよく見えないが、ハルの後ろに金髪の知らない女が歩いている。
 それ自体は大して問題ない、町中で知らない者が歩いているのなど当たり前。問題なのはハルとの間隔は十数センチほどしかないと言うことだ。それも、その間隔を崩さないように歩いていた。
「茶でも飲みながら、まってろ」
 彩にそう言い残し、扉を開け通りへと出ると、人混みに紛れ向こう側に見えないようにハルの尾行を始める。
 ――隣の女は誰だ?
 ナンパした女とは到底思えない。それに、何かを突きつけられているようにしか見える。こっちに気付けば、ハルの身に危険が……
 そう思った瞬間後ろから、威勢の良い声が上がる。
「あっ! ねぇねぇ、あの人の髪すごくナイ?」
 振り返ると、カメラをバックから取り出そうとする女と俺を指さす女……絶滅したと思っていた、山姥ギャル。
 ――マズイ。
「ウワ~、ちょー凄い!」
 先ほど叫んだ方が、俺の髪を持ち上げ、周囲が振り向くほどの声で叫ぶ。さっきの声で辺りが見ているのだから、大して変わらないが……
 もう1人は、一体何処の時代からタイムスリップしてきたのか、両手で携帯のカメラのシャッターをきっている。どうして、二つも持ってるんだよ。
「写真ばっか撮ってないで、見てミナヨー!」
 ハルに目を向けると――
「しゃがめ!」
 二人を押し倒しながら銃を手に取り、打ってきた女に向けるが、人垣が邪魔で打てない。
 そして倒れると同時に爆発する『ヘアーサロン・アフロ』の看板、破片をまき散らし辺りの人々に突き刺さる。この看板、作り直す時には店長がネーミングセンスを考え直す機会になるだろうな。
 そして起きる、パニック――
 その場の人という人が我先にと、無我夢中に走りだす……が、ぶつかり合い、なかなかその場から離れることが出来ないでいる。
 手首を蹴り上げられ痛みが走る、そのまま手から銃が放れ地に転がる。
 ――くそっ。
 混乱の中、突然上がった二発の銃声、俺を狙った音と同じだ。その場全員がそれに貫かれたかのようにその場で立ち止まる、完全に恐怖心によって縫い止められていた。
 そして自然と俺に向かって一本の人垣に囲まれた道が出来始める。
 自然に、と言うわけではないようだ、向こう側からは片腕をハルの背に、もう片腕の銃で辺りを撫でるように揺らしている。
 その銃が向けられるたび、その先にいる者達は少しでもそこから逃げようと身じろぐ。
「イッターイ、何するのよ――」
 俺の隣で突然おこったその声は、最後まで言い終わることなく、再び響き渡る銃声により、途中で途切れ。今度は看板の破片が割れる変わりに、辺りにパッと赤い花が咲き誇る。
 首を向けると携帯で写真を撮っていた女の、携帯を握っていたハズの手がそこにはなく、絶えず赤黒い血が滴り落ちている。
「あっあっ……」
 自分の状況を理解することも出来ず、痛みと共に恐怖がこみ上げ悲鳴が発せられる。
「あ……あかね!」
 もう1人がその手だった場所を、首に巻いていた季節はずれのマフラーで押さえる。その目には滴と恐怖、そして怒りが浮かんでいる。
「お嬢ちゃん、私は五月蠅いのが嫌いなの。静かにしてもらえるかしら?」
 女の髪は俺と同じように町中で目立つ色、金の流れる川を思わせた。不細工とはほど遠い、銃とは無縁のなさそうな……まるで女優のような女だ。
 そいつの持つ銃は俺の手に向けている。そして鉛の玉が打ち出され、落とした銃のそばで地面のタイルが弾け砕ける。
 銃口を俺の手を撫でるように揺らし、ゆっくりと苛立ちを隠せない様子で女は言った。
「そこの銀髪の坊やも、エアーガン拾おうとしない。
 とっさに二人を庇ったのは偉いと思うわ。でも、無謀と勇気は違う物なのよ?」
 女性はコート姿で、金色の髪を纏め上げていた。
「そりゃぁ、すみませんね」
 俺の顔を見た瞬間、女はなにか遠い物をみるような目をしたかと思うと、ぼそりと呟いた。
「……銀髪――?」
 ボソボソと呟く女を無言で見ていると、女は笑みを浮かべた。
「お久しぶりね、まさかこんな所で再開するなんてね。運命ってやつかしら?」
「お久しぶり? 知り合いか?」
 今まで黙っていたハルが俺に話し掛ける。
「……いや」
「覚えてないのね、ふふっ、やっぱり可愛いわ――」
 女の語尾は宙に舞い、女は電柱に激突する。銃は既に手から放れ、路上に転がり落ちていた。
「逃げるぞ」
 ハルはそれだけ言うと一瞬で人混みに紛れ込む、凶器である銃は路上に転がっていることに気付いた人々は、硬直が溶けたように一斉にその場から離れようと走りだしたため、女は銃を拾うことも出来ず、その場で身じろぐしかなかった。その女の顔を一度見てからエアーガンを拾い、俺も走り出す。
 見覚えが無いとは言い切れないが、彩の読んでいた雑誌に載っていたかもしれない……その程度だ。あの様子だと俺たちを追ってくる様子もないし、まぁ詳しいことはハルに聞けばいい……だだ、あの手を撃たれたあかねという女はどうなったのか解らない、俺が何かできるわけでもなく、もう1人の方が運んでいったことを祈ることにした。

 俺がそこに戻ると何時も通りの景色にとけ込めていない物が一つだけあった。
 家具や壁、床など全てが木で作られた落ち着いた店内の、一番奥、十ほど積み上げられたケーキ用の皿、四つの中身がからになったコップ、そして十一皿目と五杯目に取りかかる十六位の女――
「何してるんだよ、弥彩」
「あぅ?」
 そう言いながら、フォークを口にくわえながら俺を見上げる。頬にクリームが付いているが黙っておこう。
「だって、暁君が茶でも飲んで待ってろっていったから、ここで待ってたんだけど。
 ケーキがあったから食べてるってわけ」
「あったから……か?」
「あったからだよ?」
 コイツに食べたいからとか美味しそうだったからと言う単語はないのか?
 いつも、これだけ食べているのだとすれば、太らないのは明らかにおかしい。甘い物は別腹と言うが、異次元にでも飛ばしているのだろうか。
 そんなわけはない、と否定するが、コイツならあり得る。と開き直る。
 気がつけば、俺が黙り込んだことを良いことに、更に三皿ケーキを注文している。
「あっ、なにか食べる?」
 俺の視線に気がついたのかそう話し掛けてきた。
「コーヒーを一つ御願いします」
「じゃあ、そのコーヒーにチョコケーキ付けて置いて下さい」
「…………!?」
 俺はそんなこと言ってないぞ?コーヒーを一つ頼んだだけだ、何故にケーキを付ける。
 どうして頼んだ?と視線を送るが、どう勘違いしたのか笑顔で答えてきた。
「わかってるよ、変わりに注文してくれて、ありがとう――でしょ?」
「…………!?」
 この瞬間、彩という女は天然というよりは、すでに電波に近いのだと改めて確信した。
 どのように思考回路を動かせば、俺がケーキを食べたがっている。と言う結論になるのだろう? 一度精密検査を受ける事を勧めた方がいいかもしれない――毎年行われている健康診断(内容は一般で言う精密検査)とは別に。
 そんな事を考えているうちに、いつの間にかコーヒーを乗せた皿が目の前に置かれていた、その隣には黒いコーヒーに合った色のチョコケーキがビシッと綺麗に置かれている。
――しかたがないな。
 皿を手元へと引き寄せるため、それを掴むために指を動かすが寂しく、宙を握った。
 そして、フォークが刺さり、彼女の口の中へと運ばれていく。
「んぅ、いらにゃいんじゃにゃいの?」
「口の中、片づけてからしゃべれよ。仮にも女だろ」
 どうして俺がいらない物を頼み、食べようとすればそれを横取りするのだろう。しかも食べる気を起こした瞬間、こうも淡々と奪われては、皿を取るために差し出した手のやり場に困る。
 片づけが終わるまでコーヒーを口へ運び、それを味わうことにする。ちなみに無糖のブラックだ。やはり無駄に甘くするよりは、コーヒー純粋に飲むのが一番美味い。
「で、いらないんでしょ?」
「いらない」
「怒ってる、取ったから?」
「そんなわけない」
「よっぽど欲しかったんだね、店員さん、チョコケーキもう一つ御願い」
「…………」
 そして、手際よく持ってこられたチョコケーキは目の前に、「どうぞ、ごゆっくりと」と言う言葉と共に置かれた。いつになったらコイツから解放されるのだろう。
 ハルの方は先に部屋に戻っている、有休を取っていないから忍び込むつもりでいるようだ、いままで何回失敗したことか、いい加減俺達若い世代に任せて事務にでも回ったらどうだろう。まぁ、そんな事されたらサポート役を捜すのに苦労しそうだ。
「いつまで、ここにいるつもりだ?」
 彩に聞くが、何となく答えはわかる気がする。
「食べ終わるまでだけど?」
「だろうな」
 こうやって話ながらも、隙のない足取りで近づく影には気がついていた。同じ職業か、またはアクライドの者、もしくは普通の――山に篭って獣と訓練をしているような――武道家だろう。
 町中で実弾が放たれた後だ、万一のことを考え、コーヒーを持っていない左手で、ズボンにさしたエアーガンに手をかける、彩は気付いているのかいないのか、更に作ったケーキの山に取りかかっている。
 ハイヒールの音が聞こえる。しかも軽い、若い痩せた女……後ろ数歩の所までせまってきた、一番奥のこの席の回りには観葉植物がある以外、何も置かれていない。その席にまで来ると言うことは、俺達に用があると言うことになる、ただ店の仲を見回っている……という事はないだろうから明らかに前者だろう。つけられたか?
「……何か用ですか?」
 コーヒーを飲みながらも、左手は後ろに回しそいつに標準をあわせた。
 出来ることなら飛び出し、右で構えたいが流石に、そんなことをすれば騒ぎが起きるだろう。彩はというと紅茶を飲み干し、口の中を綺麗に流すとそいつに目を向け、目を細める。仕事の時に見せる、あの目だ。
 やっと気付いたか――
 彩も行動を起こすだろうと思ってはいたが、予想もしていない行動に出た。
「ども、奇遇っすね姉貴」
「こんにちは、彩ちゃん」
「…………」
 黙って振り返るが、そこにいたのはあの町中にいた女ではなく。昨日のように紺のスーツは着てはいなかったが、確かに彼女だった。整った顔立ちに黒くしなやかな髪が窓から入った風にもてあそばれている。
 店に入ったときから他の男性客が、彼女に目を奪われ、自分の彼女からの鉄槌を食らうまでの時間は短かっただろう。既に数人が自分の頬を押さえたり、頭を下げて謝ったり、笑ってごまかそうとしている。平和な光景だとつくづく思う。
「それ、どうするつもりなの?
 もしかして、私を脅してどこかに連れていく気かしら?」
「万が一……のことを考えまして」
 他の客に気付かれないように、エアーガンを素早く元の位置へを戻す。彩と目が合った……何故笑うんだ、おまえは。
「えっと、座るよね?」
 なにやら照れた表情で、立ち上がり、自分の座っていた椅子を未沙さんに明け渡すと、俺の隣の席へと腰を下ろす。そして、ケーキ2皿とアップルジュースをそこへ運ぶ。それを確認すると、未沙さんが開いた席に普通に座った。
「いや、明らかに間違っているだろ。どうしてそこを勧めるんだよ、おまえの食った皿がそのまんまだろ。」
 彩の目を見ながら、思ったことを一気に吐き出す。未沙さんも同じ思いのはずだ。
「どうして座るんすか!」
「おー、元気だねぇ少年」
 まず未沙さんがからかうように拍手をしながら言うと、彩もそれに続いた。
「取り乱すのは未熟者だけじゃよ?」
 この二人……一体どういう仲なんだよ。手を目に当て、ため息をつきながら「無駄に食べまくるのは、どうなんだよ」と呟くと、二人がここぞとばかりに噛みついてきた。
「女の子はそういう物なんです。全く、アキラ君って何も知らないのですね」
「そうなのよね、彩ちゃん。私もついつい食べ過ぎちゃうのよ」
「それわかります! まだまだ行けるって思っていても、実は――」
 そんな話が目の前で繰り広げられる。先ほどのように「いや、おまえだけだろ、そんな女は」と言いたかったが、完全に圧倒されてしまった。そもそも、取り乱すとは俺らしくない、この二人には人の調子を狂わせる能力があるんじゃないだろうか……
 そんな疑問を持ち始めたころ、いきなり髪を引っ張られる。
「ぇー、そんなわけ無いじゃないですかぁ!」
「他人から見れば、それにしか見えないわよ?」
「…………」
 何を笑ってるんだ、この二人は……というよりも、この手は何なんだ。
「そんなわけ無いじゃないですかぁ!」
 いや、俺の髪を引っ張るおまえは何者なんだ……
 宇宙人なのか? 電波なのか? それとも一億年前に絶滅した生物なのか?
「そうだよね、アキラ君」
「……んなわけねーだろ」
「えっ!」
 そういうと口に手を当てて、何故か照れ始めた。適当に言ったことに後悔しながらも、助けを求めるように未沙さんに目をやるが、ニヤリと意地悪く笑って返された。
「へぇ~、そうだとは思っていたけど、こういう風に伝えるなんてねぇ」
「なんの――うぉ!」
 しまった、油断していた。襟首を思いっきり後ろから引っ張られ、椅子ごと倒る。受け身など取ることも出来ず、体を襲う衝撃に息を詰まらせたせいで、反撃するチャンスを失いそのまま引きずられる。あがく俺の足が椅子にぶつかり、何台か転ける。
 どうして、彩は何もしないんだよ! 右腕をエアーガンに伸ばし、それを掴むと銃口をそいつに向けたが、瞬時に奪われる。一体――
「はっハル! どうしておまえが此処に、先に帰るはずじゃないのかよ!」
 俺の懸命な抵抗も虚しく、引きずられ続ける。結局、銀浪ともてはやされたとしてもハルの前では半人前かよ。
 ちょっと悔しい、やっぱり思春期とか言う奴なのかもしれない。
「聞いてるのかよ、ハル!」
 一度止まり俺を見るが何も言わず、そのまま再び引きずり始める。
「付き合え。気になることがある」
「……コーヒー飲み終わってからじゃ、駄目か?」
「いいと思うか?」
「わかったよ……」
 今日も不運続きだな、まったく、いつも休日はゆっくり過ごせねぇ。そんなことよりも、ハルの奴休暇取ってるのか? しらねーぞ、怒られても。

 アクライド本社内にもうけられた資料室には、絵本から新聞まで管理されいつでも読めるようになっている。
 書類を何枚か通さなければいかないが、あのX-ファイルも管理下に置かれているのだが……読む気など起きない。
 原則として、貴重な書物の持ち出しは禁止。したものは死または、それ以上の苦痛を与えられることになる。そんな貴重な資料など、いままで読んだことがなかった。
 しかし、それが目の前にある。
「ハルさん、僕たちは何を調べているんでしょうか?」
「あの女、どっかで見た気がするんだよ」
「何故僕は、卒業文集なのでしょうか?」
 そういいながら、数分前に押しつけられた東京A地区青葉高校の卒業文集を左右に振る。
 ……いまのところだが。
 俺にこんなつまらない物を読ましておきながら、ハルの手元にはよく分からない書類のまとめられたファイルが山積みにされ、いかにも「私は難しいことを調べています」と言い表しているようだ。
「くそっ、全然掴めねぇ……」
 独り言、視線を資料にもう一度目を通し始める。俺の存在完全無視ですか――
「あ・の・で・す・ね。どうして俺が卒業文集で、ハルはそんな資料なのでしょうか?」
 再び、しかし先ほどよりも大きく文集を振る、いまにも飛んでいきそうなぐらい。ハルは二、三度それを目で追うと悪態をつき、手を額にあてひじをつくと言った。
「わからないのか?」
「わからないから聞いてるんだよ、わかってるか?」
「最近生意気だぞ、おまえ。で、”何故”の答えだがな、一つ、おまえにこの資料は理解できない。二つ、おまえは高校卒業していないだろ?
 だから、高校がどういうものかを――」
 言葉の最後尾が伸び、それと鈍い打撃音が重なる。俺がする事無いんだったらこんな所に、連れてくるなよ! あぁ……あのコーヒー後で請求が来るだろうな――ケーキもか。
「ってぇ……本当に生意気だぞ」
 そういいながら俺の手に握られている、文集を荒々しく奪い、素早く叩き返してくる。それを首を下げてやり過ごすと挑発するように言ってやった。
「そんなの、当たるわけな――ぬぉ!」
 ハルの顔が見えるはずだったのだが、本が視界を遮る。体を反らしてそれを避けるが、すかさず襲う『四撃目』は、鈍い痛みが走った事によって“気付く”ことになる。次の一撃も避けることも出来ず、無様に椅子ごとひっくりがえる。
 実際は何発食らったんだろうか、少なくとも『四撃目の前にまだ数発あった』気がする、鍛えられた筋肉とハルの生まれつき持つ瞬発力、そして以上に発達した神経がそれを可能にしている。その気になれば、通常の三分の一のスピードで時が流れる世界にいることさえ可能だ。流石に秒速250mで飛んでくる銃弾などは避けられないが、拘束されない限り、ほぼ無敵と言っても良い。女性にだけはめっぽう弱いと言う、一点を除いてだが。短所長所全て含めて、『瞬劇の春』なのだ。
 そして、先ほどの事を思い出し、今度はしっかりと呟く。
「流石にまだまだかなわないか……あれから数年経っているのにな」
 ホントに、数年経ったんだろうな。
 そう考えながら、眠りに落ちた。

Chapter(1) Garalholn's Sound - END -


Chapter(2) Heart of Anglboda(ハート オブ アングルボダ)


 雨が冷たい、いや俺の体が冷えているだけで雨なんて降っていないのかもしれない。
 それでも目の前を行き交う大人達は、傘をさし、アスファルトの地面を踏みつぶし、水しぶきをあげる。
 それが俺にどれだけかかろうとお構いなしに、「私たちは忙しいのです」とでも呟くようにもくもくと早歩きで過ぎ去っていく。
 一体、何処まで忙しいんだろう。そんなことは、どうでもいい。
 大人達は、俺をゴミのように見るだけだ。大勢の人が歩いているというのに、俺が座り込んでいる一角だけは誰も進入してこない。
 俺、月夜暁はゴミとしか見られていないのだろう。
 始めからここで育った訳じゃない、何ヶ月前だろうか、両親が突然いなくなり、路上に放り出された。ここで学んだことと言えば、ゴミ箱には以外と食える物が入っており。
 警察さえもこの、幼い少年……俺を無視して過ぎ去ることぐらいだ。
 学校じゃ、教わらなかった、もうすぐ迎える卒業式のことしか教えてくれなかった。と笑ってみせるが、それで暖かくなるわけもなし、暖かくなるつもりもなかった。
 そんな自分を見て、苦笑いを浮かべる。
 数週間前までは、例え平日は親が忙しく俺に構ってくれなくても、休みの日には家族で過ごす時間が必ずあった。誕生日もクリスマスも、父さんと母さんがそばにいてくれた。
 どうして、いきなりいなくなったんだ?
 どうして、俺は此処に置いて行かれたんだ?
 どうして、手を差し伸べて――
「風邪、ひくよ?」
 突然優しい声がしたかと思うと、手がさし伸ばされていた。突然、ドラマのストーリーが始まるかのように訪れた。
 高級車を待たせ、高級そうな可愛らしい傘、それに劣らない服――そんなものとはほど遠かった。
 その目の前に立つ、その彼女は、薄汚れた服を身にまとい、背中の中程まで伸びた髪は一つに束ねられていた。
 彼女の周りを大人達は避けるようにして過ぎ去る。俺と違うところと言えば傘を持っているかどうかと言うところ位だろう。歳は17ぐらいだろうか、とても普通の女子校生というようには見えない。
 高級車は待っていなくても、高級な物を身につけていなくても、例えどんなボロの服を纏っていようとも、その笑顔は暖かかった、美しかった。今になってもそう思う事が出来る。
 俺が冷たく、死体のように冷え切っていたからかもしれないが――
「うわぁ、君銀髪?」
 都会の中に出来ている公園、人目の着かないところに住み着いたホームレス達。いま俺は椅子に座り、彼女が髪を白く所々汚れているタオルで拭き終わるのを黙って待っている。
 そこは公園にもうけられていた、”親子でお弁当を食べましょうコーナー”とでも言われそうな、小さな休息の場だった。全て木でできており、大きな机を囲むように設置された6つの椅子。その一つに俺がいる。
 確かに俺の髪は生まれつき銀色だ、両親は黒なのに何故銀なのか。そこは解らないが、特殊体質だとは聞かされていた。彼女はボサボサになっている俺の髪をタオルで拭きながら俺に話し掛けていた。
「だれ……?」
「親切な、お姉さん」
「なにしてるの?」
「んー? 濡れたままだと風邪ひいちゃうでしょ?」
「なんで?」
「風邪引いちゃだめでしょ?」
 何度聞いてもこうだった、「なんで?」俺が聞くたびに彼女はこう答えた、「風邪引くから」それ以上の答えはなく、その後は違う話に移るのだった。
 今まで避けていたホームレスの人たちに世話になる、そんな日々が続いた。そんな日々が続いた。
 ――いま思えば初恋だったのかもしれない、その女性に対してではなく、その笑顔を好きになっていた。
 人の為だけに自分の全てを尽くして、全てを失っても、他の誰かのためなら何も望まないような人だった。
 だからこそ、俺は好きになってしまったのかもしれない。あの笑顔を。
 それ以外、彼女のことを何も知らず――
 それでいて、彼女のことを全部解ったつもりだった――

「あー……ねむい」
「何を言っているんだ少年! せっかく晴れたんだから食料調達にせいを出すのだよ!」
 何日間か降り続いた雨もようやく止み、そのあまり行動できなかった数日間の内に自然に打ち解けてしまった俺は彼女の後ろについて歩いていた。
 近くのコンビニにまで行くらしい。なんでも店長が良い人で、廃棄ならば分けてくれるという。
「大体さー、賞味期限切れの食いものなんて食えるのー?」
「賞味期限、即ち味が保障されている期間のことなんだよ。
 この期限を越えたからって腐るようなことはないからモーマンタイ」
「……何語?」
「しらない」
 数日間の間に知ったこと、彼女は良く分からない。かなり衰弱していたのかあまり意識を保っていられなかったようで、それほど会話を交わしたわけではない。
 しかしながら、すぐさま彼女が普通ではないということは感じ取れた。言葉の使いまわしもそうだし、なによりもその思考回路が何かおかしい気がしていた。
 視界の端に小さなボールが飛び込んできた。植木から飛び出してきたようだった。
「なんだこれ?」
 野球ボールほどのピンク色のそれを拾い上げる。柔らかく表面には凹凸がある。雨が降っていた影響か妙に湿っている。
 まじまじと見ていると植木が音を立てた。身構えようとするが時すでに遅し、何かが飛び込んできた。
 資格から飛び込んできたそれに反応することが出来ず、押されるがままに押し倒され、地面で体を打つ。
「っ――いてぇ」
 自分の体の上を見ると少し汚れた毛の子犬が息を吐いていた。
 ボールを追って植木を突っ切ってきた。そんなところか。
「おーおー、なんだか子犬ちゃんにマウントポジションとられてる子がいるー」
 少し先を歩いていた彼女はしゃがみこみ、俺の顔を覗き込むようにする。
「動物に好かれるタイプ?」
「嬉しくない」
 そう答えると再び植木から何か飛び出してきた。彼女の顔が邪魔でよく見えない。
 ぶつかる――そう思った瞬間彼女は軽く顔を反り、飛び出してきたそれを避ける。
 障害物のなくなったそれは勢いよく、俺の顔へと吸い込まれるようにして――着地した。
「ちょっと待ってくれよ――ん?」
 それを追うように少年が植木を掻き分け出てきた。顔の上の子犬を持ち上げその姿を確認する。
 一昔前のヨーロッパで見かけるような服装だった。チェック柄のジェケットとズボン、帽子、その下には白いシャツを着ている。
「おいで。そんな汚いもの舐めたら病気になるよ?」
「びょっ、病気!?」
 俺に一瞥するとそう言って、体の上にいる子犬を持ち上げた。
 目を細めて改めて俺を見る、俺は持ち上げていた子犬を地面に下ろし、睨み返した。
 そのまま立ち去ろうと背を向けるので声をかける。
「病原菌扱いかよ!」
 確かにここ数日降り続いた雨のせいで、舐めたら病気になりそうな気もするが。
「初対面なのにそれはないだろ!」
 「ふんっ」と鼻で笑うと近くまで歩み寄ってきて、ポケットから財布を取り出す。そこから数枚千円札を取り出すと、俺に向かって投げる。紙が宙を舞う。
「これだけあればクリーニング代になりますよね。
 あまった金額で予防接種なども受けておいてはいかがですか?」
 それだけ言い残すとさっさと立ち去っていった。水溜りに千円札が浮いていた。
 彼女は無言でその千円札を一枚ずつ拾い、枚数を数えると。
「もっと奮発しろー!」
 遠くのほうで唖然と振り向く少年の顔が微かに見えた。

 コンビニで分けてもらった廃棄を運びつつ、聞いてみた。
「所で今から何するの?」 
「んー、特にすることはないけど?」
 予測は出来ていたが、何もすることがないというのは逆にどうしたものかと悩む。
「何もすることがないってことは、自由で良いんじゃないかな?
 ゆっくり生きようよ、しょーねん」
 そんな感じに歩いていく、彼女はどうしてホームレスになったのだろうか。前回聞いたときは話を反らされて教えてもらえなかった。
 自分のように親に捨てられたのだろうか、自分から家を捨てたのだろうか、どちらにせよ明るすぎる気がした。
 元気なことはなによりだ、というが無理しているように見える――とも思えない。
「じゃぁ、どうしてホームレスになったの?」
「んー、人生を大賀したくて――かな?」
「……なにそれ」
「少年にはまだ分からないさ♪」
 笑みを浮かべるとそう答えた。
「ほら、ポカーンとしてると置いてくよ?」
 我に返り急いで追いかける。
 ちゃんと答えてくれたとしても、理解することは出来なかった。いまこのときは。

 植木ら飛び出してきた犬の飼い主と再開したのは数日後のことだった。
 公園内を散歩していると、植木に上半身を突っ込んだ少年がいた。前回同様の服装だ。
「……今日は一匹なのか?」
「んー、ソールがどっか行っちゃったんだ――っおまえ!」
 振り向きざまにそう叫ぶと二、三歩下がった。植木に足をひっかけ、そのなかに叫びながら倒れこむ。
 呆れて手を差し出すが、むっとした顔でそれを無視すると立ち上がり、尻を払い始めた。
「ホームレスになんて関係ないだろ?
 もしかして、手伝ってまたお金貰おうって魂胆かい?」
「……どこのおぼっちゃまだ、おまえ」
「はっ、そんなことも知らないのか。まぁ、ホームレスだから仕方がないよね!
 僕は由緒正しいテュールフォード家の時期跡継ぎ、アレン=テュールフォードさ」
 テュールフォード家、随分前にテレビで取り上げられていたことがあった気がする。
 東京都内に莫大な土地を所有する、明治維新時代に移り住んできた世界的に有名な貿易会社を経営するイギリスの家系。
 混血を繰り返し、名前とは程遠いほとんど完全な日本人となっているとかどうとか……
「そんなおぼっちゃまが、どうしてこんなところに来るんだ?」
「ソールとマーニは家の庭より、ここの方が好きみたいなんだ。
 僕にとっちゃこんな大きさの公園なんて物置みたいなものなんだけどね」
 物置呼ばわりされたこの公園は、この区の中でも一番大きいものと彼女に聞かされている。こいつの家の物置は東京ドーム何十個分なのだろうか。
 辺りを見回してみるが、ボディーガードらしき人物は見えない。手分けして子犬を探しているとしても、目のつくあたりにまったくいないというのもおかしい。
 しかしその代わりに黒い大きな犬が子犬に噛み付こうをしている姿を見つけた。
 そこへアレンが無言で走りこみ、子犬を抱き抱えた。
 気がついたときには走り出し、その黒い犬に蹴りを加えていた。格闘技の心得は無いが助走つきの蹴りによって、黒い犬は数メートル転がる。
 本能とやらを掻き立てられたのか、一瞬では跳ね起きると姿勢を低くして睨みを利かせてくる。俺はアレンとその犬の間に入るように移動する。
 やけに興奮している、まさかこいつ――
「……噛まれたら狂犬病ってか?」
 飛び掛ってくるかと思いきや、狼のような遠吠えを響き渡らせる。植木が揺れると、そこから答えるように二匹の犬が飛び出してきた。
 三匹そろって全身真っ黒、毛は短く、警察犬などに用いられるような種類の犬だ。チームワーク抜群なことに、三匹そろって以上に興奮していた。
「すっ、すまない」
 後ろで走り出す足音が聞こえた。それが合図になったのか一匹が飛び掛ってくる。
 それをサイドステップでなんとか避けると不自然な体制で目の前に迫ってきていた二匹目を殴り飛ばす。
 足が縺れ、そのまま後ろに倒れこむと空が見えた、三匹目がそこに居た。
 ――やばい!
 転がろうとするが、殴り飛ばした犬が体の上に倒れこみ、バランスを崩した。再び三匹目が目に写る。
 胸の上の犬を無理矢理押し飛ばし、悪足掻きと分かっていても、足を宙に向かって突き出す。
 鋭い牙に靴の底がぶつかる感覚がすると、犬の体が空中で一瞬停止した。
 しかし次の瞬間、脇腹に何かが差し込まれる。顔に柔らかい何かがぶつかる。
 突如加速した俺の体は地上数センチのところを滑りながらその場所から横に移動する。
 すると後ろから飛び掛ってきたらしい犬が宙から落ちてきた犬と衝突し、軽い悲鳴を上げその場に倒れこむ。
「あぶなかったねー、少年」
 彼女の顔がすぐそこにあった。
「「――……えっ?」」
 俺とアレンと名乗った少年が同時に呟いた。
「まったく、世話のかかることだねー、おねーさんに感謝しなさいよー?」
 呆然とその笑顔を見つめる。
 ゆっくりと今起きたことが脳内で再生される。
「ありゃ? 現実についてこれてないかな?」
 ニヤリとからかうような笑みを浮かべた。
 三匹目を蹴り飛ばした時には、一匹目が後ろから迫ってきていた。
「もしもーし」
 目の前で手を振られる。
 それに気づいていなかった俺を、一匹目よりも早く抱きかかえて、それを避けた。
「――?」
 少しその顔が曇った。
 方向転換をしたとはいえ、跳躍を繰り返した犬よりも早く、俺を捕まえて避ける――
「すっ……すげぇ! なにいまの!?」
 人間業じゃない、そう思った時には興奮のあまりその腕を払って叫んでいた。
 それを唖然と見つめる彼女、まるで予想していなかったかのような反応に戸惑っているかのようだった。
 しかし徐々にいつものように笑みを浮かべ、言った。
「なーいしょ♪ 素敵な女性は秘密を持つことで美しくなるのよん♪」
 教えろと興奮する俺と、それをからかう彼女、そしてその風景を唖然と見つめる少年。
 このとき俺は気づいていなかった。犬が既に死んでいることに、そしてその原因にも。

「もしも~し、もしも~し……モシモシッ!?」
 半分怒鳴るように言ったが、彼女は草むらの中に見つけた空き缶を拾うため、頭ごと突っ込んでいるせいか返事はない。
 空き缶をゴミ袋何十個分か拾うと、それを買い取ってくれるところがある。
 そんなことは、学校でも空き缶集めなどというをしていたから知っていたが、驚いたのはその値段のことだ。
 まさか、ここまで“少ない”とは――そして、まさか、こんなに落ちているとは――
 彼女と出会ってから――否、路上に放りだされてから数日経つが、この世界にはまだまだ知らない面がたくさんあって、その面に生きる人たちもたくさんいるのだと気付いた。
 だから、自分の世界が凄く小さく思えて……子供心か、その外の世界を見たくて仕方が無くなっていた。けれど、それは苦しかったし、腹も減った。
 彼女がいなければ、即座に逃げ出していただろう。行く宛てもない――
「んっ、何か言ったかぃ、少年」
 空き缶を大きなゴミ袋に放り込みながら、俺を首だけで捕らえる。金に物を言わせている奴らよりも、よっぽど綺麗に思えた。いや、綺麗だった。
 身を飾れば飾るほど、それは偽りの美しさになると言うことも最近気付いた。
「いや、『何か言ったかぃ』じゃなくてさ。いい加減名前教えてよ」
「いつも言ってるでしょー?」
 そう返され、脳裏に浮かんできた言葉に呆然とし、少し考えるように間を空けてから言った。
「お姉さん?」
「なんでしょう? って、おーい、逃げるな少年」
 既に俺は、プンスカという文字を浮かべながら歩く漫画の登場人物さながらの動きで、その場から離れる。彼女とのこんな日常が楽しかった。
「仕方ないなー」
 ふと冗談抜きの声が耳に届いた、ほぼ反射的に振り返ると、彼女は笑顔でこういった。
「“神崎 美嘉”それが、私の名前だよ」
 彼女がその後「いい名前かな?」と言ったことも、俺が「そう思う」と言い返したことも、全部焼き付いている。
 そして、“神崎 美嘉”と言ったときに一瞬見せた、どこか哀しげで何か遠い物を見るような目もその思い出の中に含まれている。
 その意味は、まったく理解できず、彼女の名前を呼ぶのが、これで後数回になるという事もまだ、俺には気付いていなかった。
「そういえば、知ってるかぃ、少年」
「なにを」
 再び仕事に戻った俺は、彼女が話し掛けてくる内容に耳だけ傾けた。目と腕は常に、休むことなく、年中無休24時間体制上等と意地を張りながらも作業中だ。
「最近、ホームレスを狙った事件が起きてるんだってさ。
 犯行は高校生の男の子達みたいで、遊び半分で貯めてきたお金を奪って行くんだってさ、暴力上等でだってさ。もしかすると、私たちも狙われるかもよ?」
「いくら何でも、あんだけ集合地帯にいれば迂闊に手は出さないじゃない?
 相手がホームレスって言っても、ちゃんとした大人だし」
「そーだよね、いくら何でも私たちの所には来ないか。
 まぁ、来てもそこの、生意気な少年が守ってくれるだろうけど?」
「……なにそれ」
「照れるな照れるな」
 妙にニコニコしながら頭を撫でて来た。しっかりと軍手ははずされている。
「照れてなんか――」
「どうかした?」
 ぐらっと体が傾く、視界がぼやける、彼女の顔が見えなくなる。
「ごめんね」
「神崎、早くしろ」
 無言の一撃――それに気づいたときには地面にぶつかることなく、腕の中で意識を失った。
 
 ベンチの上だった。日は傾き、既に沈み始めている。
 立つと、少し足元がふらついた。
「……一体、なにが?」
 付近には誰もおらず公園全体が静まり返っている。既に電灯は明かりを持ち始めている。こうやって立ちつくしている間にも、日は沈み。月とバトンタッチを始めていた。
「んっ?」
 何かが後ろを走った気がして振り向くが、誰もおらず、静まり返ったままだった。「とりあえず戻ろう」と足を帰路に向けると、突然聞き慣れない音が響く。
 ドラマなどではよく耳にするが、現実では初めてだ。火薬が爆発し、鉄の弾が飛び出した音だ。
 驚きのあまり、反応が遅れて体に伝わる。気が付いたときには走りだしていて。息を切らしながら、そこに立ち止まっていた。
 たばこの火が暗闇で不気味に光り、電灯の明かりが微かにその姿を照らしていた。その二人は向き合い、お互いに両腕を前に出していた。その手には銃が握りしめられているのだろう。
 今更遅いと思いつつ、逃げようとするが足が張り付いて動かない。見まいとするが、どうしてもそれを見てしまった。

 人間が一瞬で弾ける、その瞬間を見てしまった――

 向こう側に立っていた男が、微かに体を反らしたかと思うと、その指が引かれ二発の弾が飛び出す。よく見えなかったが、元々二つ持っていたとしか思えない。そのそらした体の横から一発、銃弾が浮いていた服を突き破りながら、視界から消え去った。
 男は腕を付かず、空中で側転すると更にもう一発、着地の際にからだを支えるように撃った手を地面に付きながら、もう片腕でもう一発撃ち放つ、計四発はスローモーションで俺の目の前に立つ男に突き刺さる。
 胸に、腹に、腕に、足に、次々と突き刺さり中で爆発したのか、体の突き刺さった部分が、ちぎれるように膨らんだ瞬間、大量の血と共に中身が宙を舞った。そのころ特別な知識があったわけではないので、何故そうなるのかは理解できなくとも、その現実だけは理解することが出来ていた。
 腹からこぼれ出た、ぶよぶよした長いそれを見た瞬間、一気に吐き気が襲ってくる。いや、それだけじゃない、もう体全体が元の原型を保っていない。ボロリと転がる元々繋がっていたそれは、自分の中身で真っ赤に染まり――
 ――みっ、みちゃだめだ……!
 耐えることも出来ず、腕を腹に当てて一気に吐き出す。それが中身と混ざり、更にもう一度吐き気に襲われる。
「ハァハァ……」
 一体、何なんだ――
 目の前に転がっているのは人間の中身と元の人間の頭だけだ。つい先ほどまで生きていたなどと想像できないほど、中身が弾け出ていた。
 認めたくない、そう思っても脳は冷静にそれを処理し、脳裏に焼き付ける。目をそらしてもまだ目の先に――
「誰だ、おまえは」
 カチャリという音と共に、それが俺に向くのを視界の端で捕らえていた。次の瞬間に、俺も”これ”と同じになる――
「うっ、うぁぁぁ!」
 無様に蹴り上げた足は、銃に届かなったばかりか、蹴り上げた足を捕まれ軽々と空中に持ち上げられてしまい、世界が上下逆転した。
「いや、殺す気は無いから。安心しろ?」
 その男は”ニヤリ”と、笑って見せた。何時の間にしまったのか、銃は手から消えていた。
「さっきはすまなかったな、てっきり敵の応援かと思ったんだ」
「そんなこと、言われまして……これは…………」
 目だけで、それを見る。
「そいつも、殺す気はなかったんだけどな。殺らないと俺が、殺られていたからな……」
「そう、ですよね」
 何を言っているんだ俺は、相手は殺人者だぞ? 平気で人を殺すような奴だぞ?
 口封じ――ドラマでもそうだ、次の瞬間には俺もこれと同じようにされるかもしれないんだぞ?
「殺されるなら、殺せばいい。そうじゃ、無いんだけどな」
「ぇ?」
 男は頭をボリボリとかくと、たばこを捨て踏みつぶして火を消した。返事は返してくれる様子もなく、次に言った言葉は何の変哲もない質問だった。
「ここは、何処なんだ?」
「……それ言ったら、俺殺されません?」
 「用済みだ」と銃を頭に突きつけられて――
「そりゃぁ、殺さないぞ?」
「そうですよねぇ、殺しませんよねぇ……って、えぇぇ!?」
「殺さないって、始めに言っただろ? 一体何言ってんだ、おまえ」
 なんだか、とてもフレンドリーだ、こいつ。いや、俺の命はコイツが握ってるって事を忘れるな、俺。
「で、ここは何処なんだ?」
「何処って、ここは……」
 そこで、ふと考える。確か俺は東京郊外の住宅地で住んでおり、ここに捨てられた。そして彼女に出合い数日が過ぎた――そこで気付く。
「ここ……何処ですか」
「はっ、はぁ!?」

「……なんだか、おまえ気の毒だな」
「えっ、ええ……まぁ」
 飲むか? と渡された缶コーヒーを一口飲み込むと、ため息をつく。あの後、何故かその男と二人、ベンチに座り死体の前で話していた。
 殺人者は何故かとても友好的で、同情までしていた。
「仕方がないか、そのおまえがいたホームレスの村まで送ってやろう。
 夜道は危険だぞ? というか、もう十一時だ。補導されちまう」
「……ぁ、ありがとうございます」
「気にすんな、困ったときはお互い様」
 話し込んでいるうちに、そんなに時間が経っていたなんて気が付かなかった。
 困った理由を作ったのは、それを言っている本人だと言うことには全く触れず。俺は少し警戒しながらも、肩を並べて帰路についた。
「……いつも、こんな感じなのか?」
 男にそういわれるまでその景色に圧倒されていた、朝まであったはずのダンボールからは火が上がり、それを消防隊員が消している。
 生け垣を越えたところには、それなりに仲が良くなって、朝も「おう、坊主! これから仕事か? 体はこわすなよぉー、まだまだチビだからな」と笑いながら送り出してくれた、あのおじさんが帰りを迎えてくれるはずだった。
 しかし、消防隊にタンカに乗せられ救急車に運ばれていく。
「……なにこれ」
「気付いたか?」
「おじさんも?」
 ポロッと、口にくわえていたたばこがこぼれ落ちる。
「……まだお兄さんだけどな?
 そんなこたぁ、今はどうでもいいか。で、あのおっさんの傷のことを言ってるんだろ? かなり酷く焼かれているな」
「そんなわけないよ、それに僕の言ってるのはそれじゃない」
 「どうせ子供だ」とでも思ったのか、めんどくさそうに目を細めた、返事は無い。
「解らない? 表面は焼き焦がれてふさがっちゃってるけど、きっと中は切断してるよ。
 裂けた上から焼かれて、皮膚溶けて……くっついたのかな。よくわからないけど」
 突然口を手でふさがれ、それから先を言えなくなる。
「もういい……」
 口をふさいでいた手で、そのまま頬を撫でるが、ぴたりと止まる。
「泣いてないのか。
 ……泣けよ、泣くところだぞ」
 何もできない、ただこうやって成り行きを見ることしか出来ない。お世話になった人たちに何もあげられなかった。
 だけど、だけど……
 彼女がここにいなくて良かった、汚い考えけど、彼女が――
 彼女……?
 動かなかった足が動き、燃え盛るダンボールの間を走り、タンカに乗せられている人の顔を確認し、彼女を探す。
 どこだ、どこにいるんだ。いや、いたら駄目なんだ、頼むからいないでくれ――
「彼女がいない」
 呆然と足を止めるとそう呟く。
「どうしたんだよ」
 ふと振り向くと、男がそこに立っていた。
「彼女がいないんだ、よかった……」
「いやいないのは、良くないだろうが……名前は?」
「美嘉さん……」
 名前を呼んだのは初めてだった、半分安堵を込めていたがもう半分は、力無く意味もなくただ、口からこぼれでたように呟いた。
 以外にも男が素早く反応する。
「神崎 美嘉か?」
「うっうん」
「なんて、こった……」
 歯をかみしめ、空にそびえ立つビルを睨むように見る。額から汗が一筋流れ、呆然と立ちつくした。


 そこは巨大な商業会社のビルだった、看板には”エクスシス”と書かれているが、そんな会社全く知らない、その割には巨大すぎるよなぁ……
 普段昼間にサラリーマン達が忙しなく仕事をしている場所に俺と男は座り込み、息を整える。
 男があの後俺に教えたのは二つだけだった。「神崎 美嘉はある企業の機密を持っているため、彼女を保護しその機密を守るのが今回の仕事だ」「今から彼女を助けに行く、おまえは来るな。必ず死ぬ」そんなこと言われて、引き下がる理由がない、死ぬから何だ。
 彼女は死んでいた俺を、今の俺に生き返らせてくれた。その彼女が危険な状態に陥っている。
 それを指をくわえて眺めている訳がない、自分が彼女の盾になっても彼女を守る。たとえ死んでも守る――
 とはいっても、痛いものは痛かった。
「くそ、何転けてんだよ。気付かれなかったのが幸だったな。」
 と言っても、膝をすりむいた。男の言う”気付かれなかった”というのは、転倒を防ごうとそこにあったカートに手をつき、その勢いで走り出したカートが階段から転げ落ちたために起きた大合唱の事を言っているのだろう。
 どうして、転けた。と聞かれても、自然に転けたのだから答えることも出来るわけがない。
「とりあえず、最上階まで行かなきゃいけないんだ。
 気付かれたらおまえは絶対死ぬだろうし、弾が足りなくなって俺も死んじまうからな?
 次何かするようならここに放置されて、朝サラリーマン共に回収されるのを待つことになるぞ、わかったか?
 いや、わかったな?」
「……うん」
 ゴクリとつばを飲み込むと、自分の手に収まっているそれを見る。
 強化ゴム弾を打ち出すそれは、エヤーガンという着ぐるみの中に人を殺さない程度であり、大の大人を気絶させられる威力を隠していた。男に渡されたものだ。
 自分の体は自分で守れと、よく言うが無理だ。と率直に思った。
 試しに公園で一発撃ったが、腕にかかる負担は相当な物だった。撃った後は数秒腕が動かなかったし、その後もしびれて上手く動かなかった。
「さてと、行くぞ」
「…………」
 無言で頷いてみせる、怖がっているわけじゃない。恐怖に支配はされてない。
 彼女が危ないと思うと、それもどこかに消えていくようだった。いや、完全に消えていた。だから、男より先に一歩踏み出した。
「ほぅ……」
 男が後ろで呟いた。
 エレベーターを使うわけにも行かず、階段を一段一段踏みしめて上に登った。
 銃を用意するぐらいだから、銃撃戦といか言うのがあるのかと思ったが、敵という敵は出くわさなかった。いやこの男が避けて通っているのかもしれない、不思議にそう思えた。
 再び一階登ると拾い通路に出る、赤外線センサーも無いのか。と現実にすこし落胆しつつ、安堵するあたりが、まだ若かったんだろうと思う。
 だからこそ、油断していたんだろう。突然口をふさがれ、グッと体を持って行かれる。そこには一人の金髪の女がいて俺が暴れないように口をふさぎ、もう片腕で両腕を押さえると持ち上げた。
 しばらく、男が気付かないか息を潜めて待っていたが、あの男は情けなく角を曲がって見えなくなってしまった。
「大丈夫、私は敵じゃないわ」
 敵の本拠地で、敵じゃありませんと言われて誰が信用するか。
「あの男、あの美嘉ちゃんを殺そうとしてるの、貴方はいざとなったときの人質ってわけよ。私たちは、あの男から美嘉ちゃんを守ろうとしてるのよ」
「…………」
 どうする、ここでついていけば最悪でも彼女に会える気がする。
 服の中に隠している銃には気付いていないようだから、いざというときは彼女だけでも逃げられるかもしれない。
「わかった」
 一言、そういうとすぐに俺を離し、手を握って奥に見えているエレベーターへと向かった。金の髪が月に照らされて輝くのを見て、気を許してしまった自分をしかりつつ後をついて行く。
 エレベーターに乗り、数秒が経つ、右端のボタン上に表示されている表示は既に6階を示していた。いつまで降り続けるのだろうとそれを見つめつづける。
 今のところ女はこれと言った事もせず、ただ壁にもたれて扉の向こうを見るように到着を待っているだけだった。
 気を許すな。と自分に呼びかけ、ふと思う、俺があの男とはぐれた……いや、離ればなれにされたのは15階だった、男は「最上階まで行かないといけない」と言っていたが、エレベーターはそれとは逆に下へ下へと降りて行っている。
 一体どちらが本当のことを言っていて、どちらを信用すればいいのだろうか。
 普通に考えれば、目の前でそれをやってのけた殺人者は信用しないだろうが、彼女の救出を俺に伝えたのはそいつだ、だがこの女はそれが嘘だといい、俺を人質にするつもりだと言う。
 あの男は俺がいなくなった時点で、あわてて探すのだろうか? 人質がいなくなったと思うのだろうか、怖くなって逃げ出したと思うのだろうか。
 男も女もどちらも優しそうな顔をしていて、その奥に何か隠しているような……ピンッと張りつめた空気を放っていることが、この異様な世界に生きていることを物語っている。
 男が本当のことを言っているのなら、この女は彼女と俺を会わす気もなく、このままどこかに監禁または殺害が目的だろう。そうなれば何故麻酔を使わず、大人しくついてくることを想定しての行動などするのだろうか。
 あの場所で殺すことは不可能だとしても、麻酔を使って動きを封じればいいのにわざわざ、逃げられる、騒がれるなどのリスクを背負ってまで説得するだろうか?
 そうなれば女の方が信用しやすくなる。この銃だって俺がまともに扱えないから渡した。という線もある――
 駄目だ、これだけで結論付けると後々後悔しそうだ。まだ情報が少なすぎる。
 そんなときエレベーターの扉が開く、今何階なのか確認するため表示に目をやるが表示が消えている。何時の間に――
 扉を飛び出したところに彼女が立っていた。
「さあ、行くわよ」
 女に言われるがままについてゆく、その先に彼女がいることだけを考えて。

 広い。そこに入ってまず思ったのはそれだった。その階の半分を使用しているのかと思わせるほど広い部屋だった。
 周りには有名な芸術家が作ったと思われる、彫刻がならべられている。一体何故ここまでこだわるのだろうか……と思っていると彼女が口を開いた。
「あそこよ」
 と一言、あとはその指がさしている場所で全てが理解できた。ソファーと木製の机がホテルのフロアのような配置で並んでいるそこには、彼女が紅茶を飲んでいた。目に色がない――
「ぉ、少年じゃないか」
 そんな目は俺を見つけた瞬間、一瞬で色づく、一体何だったんだ。と返事のタイミングを逃すと、彼女が続けた。
「どうして、ここにいるんだい?」
「いや、それ俺の台詞だと思うんだけ――」
 静かだった部屋に響くその銃声は、俺の後ろ、先ほど入ってきた扉が開かれると同時に聞こえてきた。まさか――
 そこから入ってくるのは、一人の男。俺の記憶には無い顔だが、突然それが崩れ落ち。綺麗に相似された床へと倒れ込む。
「……来たわね」
 そういうと、女は走りだした、右にある扉に駆け込むと反対側にあった扉から、武装した男共がなだれ込む。そのうち一人が俺を抱え、彼女の元へと運ぶ。ここまで来ると、どちらが敵で、どちらが味方なのかはっきりとしていた。
 扉の横にあった壁が、爆発音と共に吹き飛び、粉塵のなかから小さな丸い卵のような物が一つ、飛び込んでくる。そして閃光ととにも、“静かに”煙が発生し、男達を包み込んだ。
「そんな……」
 一体、誰がこうなることを想定していただろう。ビルしかも、地下で爆弾を使うなど自殺行為以外の何でもない。一体、何を考えているんだ――!
 煙が消えないため、男達の身に何が起こったのかは分からない、だが脳裏をよぎるのは公園でのあの一件。
「ぉ、無事か」
 白い煙の中から、男がそう呟きながら俺に近寄ってくる。ベンチで話していたときと同じ声色だった。
「おまえ、一体どうした?」
 返事を返さないことに違和感を覚えたのだろうか、首をかしげながら近づいてくるが、急に動きを止めその声の方向へと顔を向けた。
「やぁ、いらっしゃい」
 先ほど女の入っていった扉から出てきたのは髭の長い、がっしりとした体格のどこかの社長のような男だった。その顔が怒りに染まった。
「出てきたな、この野郎……」
「さて、あの女の後を追わせてやろう」
 と髭の男が言い終わったか言い終わらないかの瞬間、男は横に飛ぶ。飛んだ瞬間には既に元いた場所が爆発していた。
 そのまま、更にバックステップを踏みながら上に跳んだ。高い――中国雑伎団のように天井にあったくぼみに足をかけると、そのまま前に飛ぶと見せかけ、斜めに飛び着地した。
「話は後だ! 茶でも飲んで待ってろ!」
 そういいながら男はその勢いを一瞬で殺し、後ろへ飛ぶ。それを追って再び床が爆発し始めた。一種の地雷がそこら辺に埋まっているのかと思ったが、あまりにも正確な攻撃。そして、男達がそこら辺を走っていたことからそうではないと確信。そうなると、この爆発は一体……?
 男が爆発で砕けた床の破片を、上手い具合に髭の男へと投げつけるが、それも空中で爆発する。男はダンスを踊るように、体を捻り前に進む――

「って事で、どうぞ」
「いや、なんでこんな時にお茶を出すんだよ……! 早く逃げないと!」
 お茶を差し出してきた彼女に向かって怒鳴りつける、初めてみた彼女は一瞬目を丸くした。
「あのお兄さんが『茶でも飲んでー』って言ってるんだし――」
「……偽者ってことは無いよね」
「このナイスバディなおねーさんのことを忘れちゃったのかな? 雨降る日に子猫ちゃんを拾ってあげたよねー」
 忘れるはずが無い、短い数日間だったが彼女に俺は生かされたようなものだ。
「助けに来たんだよ!?」
「え? 助けるって……その年で勇者ごっこ? 頭打った?」
 そういつもの調子でからかってくる。何を考えているのか、まったく読めない上、気持ちはどんどん焦ってくる。
「あぁくそっ、どうすりゃいいんだよ!」
「いやー、そんなこと聞かれても困っちゃうね」
「一体何隠してんだよ俺に!
 昨日までの出来事は幻だったのかよ!? 『夢でした♪』って片付けちゃうのかよ!?」
 もうやけくそだった。何も考えちゃいなかった。
「俺はあんたに生かされたんだよ!
 あの時手を差し伸べてくれなかったらもう死んでた! 天使にだって見えたんだ、馬鹿らしいけど……
 ――だけど、なんでこんなことになってんだよ? 昨日までの出来事はなんだったんだよ!?」
 だからこそ、彼女の言葉に俺は詰まってしまった。
「うっせぇんだよ!」
 一気にブチ切れたように、彼女は叫んだ。
「私だって好きでこんなことになったわけじゃないのよ!
 だけど、仕方がない! こうしなきゃ、もうどうにもならないのよ!」
 そこで一息つくと胸に手を当て、落ち着いて言葉を紡いでいった。
「世の中、綺麗事だけじゃどうにもならない事ってあるのよ――でもね、君にはこっちの世界に来て欲しくないの、わかる……?」
 顔をうつむけ、前髪で表情は読み取れない。少し涙声にも聞こえる。
 そして、少しの間をおいて顔を上げ、目に涙を浮かべてボロボロの笑顔で言った。
「だから、死んでね?」
 それが聞こえたときにはもう、俺の体は床に倒れていた。後頭部に焼けるような痛みが走る。
 そして、俺の横に倒れてくる影が一つ。長い髪がその顔のほとんどをかくし、どんな表情をしているのかは確認できない。
 彼女の一言が言い終わる寸前に俺は銃の引き金を引いていた。彼女に向けて。
「ゴメン、なるべく痛くないようにしたかったけど……こうするしか――」
 朦朧とする意識の中で何とか声に出す。
「なかったんだ。ってね、あはは……君凄いね。
 こういうのを隠れた才能って言うんだと思うな、おねーさんは――」
 最後に笑ってそのまま電池が切れたように、動かなくなる。俺は頭の痛みに顔をゆがめさせながら立ち上がると、もう一度呟いた「ごめん」と。

「おまえは人間ではない、それが分からないのか?」
 あの髭の男が叫んだのが聞こえた、それも爆音に包まれる。それを避けながら引き金を引き男は叫ぶ。
「俺の体をさんざんいじくりまわした上、捨てたあんたに言われたくないぞ」
 首を捻り、前に飛ぶ。それを追うように起こる爆発は標的を捕らえることなく、虚しく粉塵をあげるばかりだ。しかし、髭の男は余裕を表すように言った。
「君は力を得た、それが不満なのかな?」
 そういいながら一振りする、「それも今日までだがね?」といいつつもう一振り、更に続けて何振りかする。それに対し男は徐々に後退する、が突然止まる。
 目をこらすと細いピアノ線のような物が男を中心に何十本もいや何百本も張り巡らされている。一振りするごとに十何本増えついに男は膝を突き動けなくなる。
「これは保険だ」
 縦に横に十字架を切るように振ると、風を切る音がした。何か変わったようには見えないが微かに光を反射し姿を示している。これは、檻だ。
「これで終わりだ、所詮生身の人間、兵器には勝てんのだよ」
 男はそれに答えるように目をつぶり、スッと見開く。
「よかろう」
 続けて起こる爆発音、髭の男の手元から着火し、誘爆するように次々と床を天井を破壊して行く。次々と言ってもかなり早い、次の瞬間男を包む、その時になって声が響く。
「覚えられねぇと思うが、覚えろ。オマエはただの馬鹿だ」
そのまま爆発の中に突っ込む、既に線は消えそこでは爆発が起こっている。一気に辺り一面を包み男の姿は見えなくなるが、まるで重い鉄球を落としたときの音とともに爆発が横に弾け飛ぶ。
 爆発が裂けそこから男が飛び出し、右前へと飛び込むと、そのまま左へと転がる、左足を中に蹴り出すとそこへ爆発によって剥がれた大きなタイルがぶつかる。
 そのタイルの衝撃をうち消すとそのまま空中のそれを蹴り再び右へと跳躍、中で横に回転しながら何回か引き金を引くとそのうちの一発が髭の男の上にあった照明を割らせる。それを防ぐ動作はせず、髭の男が上を向くとその破片は爆発し、粉末のように降り注ぐ。
 他の銃弾は空中で爆発し、その爆発した場所から投擲されたタイルが男に飛びかかる。
それが爆発したときには後ろから迫る銃弾とタイル。さらに天井を蹴り逆方向から蹴りを繰り出そうとする男。
 髭の男は軽く銃弾に向かって地を蹴るだけで蹴りをかわす、銃弾とタイルは爆発し、その音が収まるまでに更にタイルが三方から3枚飛びかかる。爆発音に続く爆発音、そして髭男の髭が黒い髪と触れた。
 見開かれる目が捕らえたのは不吉に笑う男の黒い瞳。自分の犯したミスに気付いたときには既に遅く、熱と光に包まれ叫んだ。髭の男は男を目で追うことばかりに気を使いすぎて、自分の位置を忘れていたらしい。
 二人が交差した後、髭の男は巨大な爆発に飲まれた……一体なんなんだこれは……
 まるで日曜の朝にあるヒーロー物のようだった。いや、それ以上に無理がある動きだ。
「あー熱ちぃな。で、決着はついたか?」
 炎を背に俺に近寄ってきた男はそう言った。
「説明してくれるよね?」
「ここを出てから、な」
 そう言った瞬間天井にひびが入る、崩壊する……
 あれだけ爆発が起き、いままで耐えていたことが凄いのだろう。俺は彼女をかつごうと手を伸ばした――
「うぉ!?」
 男の腕が俺を掴み、後ろへと引っ張ると天井が彼女と俺の間を遮るように落ちてくる。そして左右の壁が勢い良く爆発。
「こりゃぁ……あの男は囮だな。くそっ、計られた……逃げるぞ!」
 男は一度回りを見てから彼女を担ごうと回り込むが、またもや天井に邪魔をさせられる、そして爆発が起き、飛ばされる俺と男。男が悪態をつくと天井が一斉に崩れ始める、その中で彼女は倒れたまま……
 天井が彼女の上に落ちる――
「みっ、美嘉ぁぁぁ!」
 そう叫ぶ俺は男に抱きかかえられ扉から廊下へと飛び出していた。

「ええ、はい。とりあえず本部はつぶしたのですが……神崎の方は……
 あっ、はい、分かりました。昼までには戻ります」
 俺と男は無事脱出し、公園のベンチに腰掛けていた。男は電話を切ると、ため息をつき、俺に目をやる。
「…………」
 無言で立ち上がると、自販機へと足を進めそこで缶コーヒーを二本買うと、そのうちの一本を投げてよこした。
「普通に熱いですから、これ。それに、これ……飲めると思います?」
「いや、銃弾をかわして打ち返す程の子供ならブラックも飲めると思うんだけどな。俺の組織に来るか?」
「……笑えませんから」
 男は気を使っているのだろうが、慰めにもならない。
 元々、慰めなんて物は悲しみを深くするだけで何にもならない……
「そういえば、あれ、どうやったんです?」
「あれというと……爆発をはじき飛ばしたあれか?」
 そう、あのとき爆発がなにかで弾け飛んだ。まるでそれ以上の力をくわえられたように……
「あれはな、空気を吹き飛ばしたんだ」
「……めちゃくちゃ嘘っぽい」
「正しくはとてつもなく強い風を、全ての方向に向けて作り出してそれで爆発を飛ばしただけ。天井崩したら大体のワイヤーは落ちたからな、空中に浮いたワイヤーは風で軽々と飛ぶっつーわけだ」
「…………」
 そんな説明を受けても、俺はそっちの世界にいる訳じゃない。実際ワイヤーと言われてもどうして爆発するのかなど全く解らないし、どこから出てきてどうやって操っていたなど分かる余地もない。
 横で男がため息をつく、すると朝日をバックに走ってくる人が見えた。
「暁君だよね?」
 どこかで見たことがあるような気が――
「あ、はい」
「昨日の事件知ってるよね? 公園で火事があった」
「ええ、はい」
「おじさん達全員病院に運ばれてるから、しばらくそっちで預かることになるんだ。
 だから私が引き取ることになったんだけど」
 ああ、思い出した児童施設の人だ。
 一度俺の姿を見たときに引き取ると言ってきた事があった、あのときは彼女がいたし俺はここに残ると言って首を縦には振らなかった。いまは彼女はいない……
 だけど――
「すみません、俺この人と行くことになったので」
「マジ!?」
 男の方は驚いていたが、彼女はにこやかに「そうですか、よかったですね」と言うとあっさり、去っていった。嫌々やってきたのだろう、遠くで背伸びして「さーて、このままどっかで遊ぶかな~」といっている。
「じゃぁ、行きましょうか」
「あっ、ああ……所でどうして来る気になったんだ?」
 あのとき、崩れていく中で見た物。それは彼女を抱きかかえ走り行く男……
 おそらくはあの組織で無事生きていることだろう、もう一度話したい、隠してはいたが、あの哀しそうな顔をさせたくない。だから、俺は彼女を……自分を犠牲にしようとする彼女のそれを殺すために組織に入る、それが悪であっても。

 そして、その日の昼に俺は男……青葉春斗に連れられ、アクライドを訪れた――

Chapter(2) Heart of Anglboda - END -


Chapter(3) In the Gleipnir(イン ザ グレイプニル)


 街灯の下を猛スピードで駆け抜け、近くの公園へと飛び込むとそのまま休むことなく走り続ける。闇の中から闇へと時には光に背を照らされながらひたすら、走る。
 振り返ると闇の中で輝く点が十数個、それぞれが自分の後を追うように動いている。
「ハァハァ……」
 遊具がおいてあった場所から森へと走り込む、街灯はもう無い。しかし、そこでは止まらず、月の明かりだけを頼りに走り続ける。止まることは……死を意味する――


「おい、起きろ馬鹿!」
 ハルにたたき起こされた。ハルは財布から数千円俺の胸ポケットに押し込み、椅子を抜く。
「――ンな!?」
 意識がはっきりとしていなかった俺は勢い良く倒れこむ。
「なっ、なにすんだよハル!」
「お、目が覚めたか。寝てるお前が悪いんだよ。タバコ買って来い、タバコ」
 そういって無理矢理俺を資料室から押し出すと締め際に「メーカー間違えんなよ」と付け加えた。
 資料室の外にある休憩所の自販機を見る、ハルは中で吸うつもりなのだろうか。ざっと目を通し、いつものメーカーを見つけるが売り切れだった。
 ため息をつくと仕方なく、横の液晶パネルで他の回の在庫をチェックするが表示が『在庫なし』に切り替わった。
 ハルはそんなことで諦めてくれない、仕方がないと外へと出ていった。

 公園の前を通りかかったときそいつは吠えて来た。
「……なにしてんだ、おまえ」
 彩が子犬を抱えていた。
「迷い犬みたいだワン」
 休日になると人が多く集まる公園だった。犬の放し飼いも良く行われている。おそらくその犬も同じだろう。
「誘拐じゃないのか?」
「そんなわけ無いワン。
 クレープ食べてたら目の前に可愛いこの子が現れたのワン」
 といって、子犬を目の前に突き出した。
「その『ワン』っての、可愛くもなんとも無いぞ」
 子犬にはシルバーアクセが巻かれていた。犬に服を着せるというのは分かるが、銀をまとわせるとは聞いたことが無い。
 近頃ブームなのだろうか、最近忙しくて世間の動きって奴を見ていないなと思う。
「それじゃ、いこっか」
「がんばれよ――って何で手首持ってんだ?
 いや、俺は行かないって。行かないって言ってんだろ? ……聞けよ」
 ズルズルと引きずられながら後についていくことになった。
 地面に俺が引きずられた後があちこちに出来た頃になっても飼い主は現れない。
 夕日が公園を照らす、帰り支度を始めている家族が多くなり、人もまばらになり始めていた。
 そんな中一人の男が女性に言い寄っている姿が目に付く。
「……ハル、なにやってんだ?」
「お前こそなにやってるんだよ」
「引きずられてる」
「そうか、俺はこのお嬢さんが困ってるようだから力になろうかと――」
 ショートカットの女性が立っていた。すぐ傍には子犬がいて、リードはついていない。
「すごい迷惑そうな顔してるんだけど?」
 と彩が前に出る。地面がまた削れた。
「スコル!」
 女性がハルを押しのけて前に出てきた。子犬も後に続く。
 聞き覚えのある声だったらしく、彩の胸の中に居た子犬は飛び出しその女性の胸に飛び込んだ。どうやら飼い主のようだ。
「スコルって……また変わった名前ですよね」
 子犬の頭をなでる女性に彩が話しかけると「私もそう思います、彼氏がつけたもので」と苦笑すると携帯電話が鳴った。
 女性はズボンの後ろのポケットからそれを取り出すと通話を始める。
「残念だったな、ハル。彼氏が付けた名前なんだってさ」
「あの――本当にありがとうございました。彼が待ってるので……それでは」
 女性は通話を終えると、いきなり落ち込んだハルを訝しがりながらお礼を言って立ち去っていった。
「あんな綺麗な人に恋人がいない訳ないだろ?」
 肩を軽くたたいてやりながら言った。
「え? 私いないけど?」
「誰が『弥さん綺麗ねー』って言ったんだよ?」
「未沙さんが『彩ちゃんお肌綺麗ねー、夜任務こなしてるとは思えないわ~』って」
「その基準だと、新垣には恋人がいるってことになるぞ、暁!」
 いつの間に復活したのかハルも話に加わり、そのまま本社へと戻っていった。
「あ、そうだこれ」
 とハルに買って来たタバコ4ケースを渡す。
「ああ、メーカー変えたんだよ。換えて来てくれ、はいこれ」
 と今までのものとは違うメーカーのタバコを渡された。
 レシートが無くても返品は利くだろうかと呆然と考えた。

 アクライド受付、その隣にある大きなスペースは中世ヨーロッパ風のカフェになっており、そこで食事をとる者も少なくなかった。
 食事をとっていると言っても、それは表の社員の話だ。裏の社員、つまり暗殺者として働く者達は表に顔を出すことなどほとんど無い、実際町中を歩くというのも超特級の者だけで、普通はネット回線などを使い買い物を済ませている。ちなみに、カフェの道路沿いはガラス張りになっており、ガラスにはなかの様子が映し出されている。
 そこで、ネットで買い物などしたことがなく「買うなら直接」と言い訳をする、そんな暗殺者をコーヒー片手に、彼女は待っていた。相当待っていたらしく、既に湯気は立っておらず見た限りでは冷め切っていた、アイスコーヒーという線もあるだろうが今日は冷えている、よっぽどの暑がりではなければ頼まないだろう。
「あの、これから……大丈夫ですか?」
 コーヒーカップをテーブルにおいてやってきた由未さんはそう言った。
「大丈夫ですけど?」
 右後ろ斜めから痛い視線が当たっている気がする、いや、当たっている。……ガラスに笑顔の彩が映っていた。
「そうか、なら俺らは帰るか。行くぞ」
 そういってハルは彩の肩に手を回し、裏用のエレベーターへと向かう。
「何度も言いますが、私は体を売るようなマネはいたしません」
 その言葉とともに、ハルの体はカフェのガラスを突き破り、道路へと飛び出した。
 走っていた車が急停車する、それが止まったときにはハルはカフェの椅子に腰掛け、由未さんのコーヒーを飲んでいた。
「いやぁ……そんな気はないけどな」
「ハル、頭から垂れてきてるぞ。それに彩、未沙さんに怒られるぞー?」
 表の社員は何故か独りでにガラスが割れ、道路に飛び出した様にしか見えていないだろう。
 実際、彩がハルを投げ飛ばしガラスが割れ、ソファーに座るのは1コマで行われていた。改めて思う、女は怖い。
「あっあの、大丈夫なんですよね?」
「大丈夫だそうですよー?」
「大丈夫です、はい」
 割れたガラスの横には、笑顔で俺の背を見ている人物が映る――
「そうそう、次の仕事の打ち合わせするから、今日中には帰ってきてね~♪」
 それじゃと、俺の背を静かに叩くと彩は去っていった。数秒後、ビルが揺れた。とてつもなく強い風が吹いたのだと思いたい。
「それじゃあ、行きましょうか?」

 そびえ立つ塔からは、全ての物を見透かせるような気分になれる。夜の夜景は人工的な光に覆われていた。まぁ、この光に照らされてない部分では俺達が動いているんだけどな。
「うわー! 綺麗ですねっ」
「ええ、一応首都ですから……由未さんは地方から?」
 由未さんははまるで子供のようにはしゃいでいた、どこへ行くのかと思いきや、ついてみると東京タワーの展望台だった。入社したばかりで東京のことはほとんど知らないそうだ、もちろん観光などもしたことがないということだった。
「ええ、地方って言うほどじゃないんですけど京都の方から……」
「京都――ですか?」
「意外ですか?」
 京都は近年までは都会として発展していたようだが、数年前に出された文化保護条例により町並みは江戸時代にまで戻っているという。夜になると明かりといっても等間隔に設けられている提灯風の明かりだけだったはずだ。はしゃぐのも当然なのかもしれない。
 由未さんは柵をもち、乗り出すように夜景を眺めていた。ガラスに映っている彼女が言う。
「敬語じゃなくていいんですよ?」
「え、ええ、はい」
 困ったように頭をかくと由未さんは軽く笑って答えた。女性とデートというのはこういうシチュエーションを言うのかも知れない。そんな俺の考えを読んだように由未さんが切り出してきた。
「あのー、彩さんとはどのような関係なんですか?
 やっぱり恋人――ですか?
 あっ、御気分を害したとしたら申し訳ありません――」
「いや、彩は――」
 脳裏に今まで彩とこなしてきたミッションが浮かぶ、時々危なくなるとさりげなくサポートに入れてくれて、任務終了後にそれに気付いたりすることもある。年が近いということもあり、外出するときもかなりの確立で同行することが多い。だが思い返せば観光スポットと呼ばれる場所に行った記憶はない、いや、ここ数年間――アクライドに入ってからと言うもの遠出することは任務を意味し、休暇をとっても本社内や都内で過ごすことが殆どだ。
「同僚ですよ、恋人なんかじゃありません」
「え? じゃあ今彼女はいないんですね?」
 由未さんが勢いよく振り向く。
「まぁ……そういうことになりますね」
 同僚――彩はかけがえのないパートナーだ。ハルと彩がいてこそ俺は任務をこなせている。
 視線を外し、外に目を向けるとガラスに望遠鏡に隠れようとしている二人組が映っているのを見つけた、隠れているつもりだろうが顔しか隠せておらず、しかも周りの人に見られ、挙げ句の果てに「みちゃだめよ」と言われている子に向かって、シッシッと手を振っている。
 それを見て、一気に頭が正常に戻った。頭の中はいつも通り動いている。
「…………」
 一人はとても面白そうに、もう1人は心配そうな顔をしてこちらを見ている。由未さん越しに見ているせいか、俺が凝視しているとは思っていないようで、隠れる様子を見せない。
「暁さ……」
「…………」
 由未さんを軽く横にずらし、その望遠鏡に向かう。流石に気付いたのかすぐに隠れる、そんなことお構いなしだ、隠れられてないんだからさっきとほとんど変わらない。
「暁さん!」
 回りから見れば別れた恋人同士だろうか?
 流石にそれは可愛そうだと思うが、これは……。一歩一歩確実に近づき、望遠鏡の横に立つと、二人を見下ろす。
「おい」
「俺はさ、青春の一ページを記録してやろうか――」
 カメラを指さす馬鹿に一蹴り、外れる辺りが情けない。
「おまえは?」
「一泊しないか心配だったか――」
 言い切るまでに腕をあげ、蹴りを防ごうとする。が、なにも起こらないまま硬直する。
「あっあれ!? なんで、どうして――」
 かなり顔を赤くしながらあわてている、それをパシャリと一枚撮るハルに二度目の蹴りを出す、もちろん空振りだが。由美さんを見てニヤリと笑うハル。まさかとは思うが……
「すいませんね、二人があんまりにもお似合いに見えたので……気になりまして」
「え、えっそんな」
 とあわてる由未さんに彩が笑顔で話す。
「そうですよねー、ただのお友達ですよねー?」
「……ぁー」
 俺にどうしろと言うんだ彩。すると突然「ちょっとこい」とハルが引っぱり出してくれた。
「いやー、いくら殺しに手を染めてても恋の心は忘れちゃいかんだろ」
 訂正、殴ってやろうか四月馬鹿。
「彩は俺が引きつけてやるから、ホテルまでいって朝までな?
 いやー、保護者として嬉しいな、何時の間にそんな年頃になったんだ?
 それより、彼女、彩よりかなり胸あ――」
 とりあえず無言のまま、右足で蹴りを打ち込む、ハルはそれをしゃがんでよけ、そのまま俺の軸足を崩しにかかる、それを防ごうと軽く前に飛び膝を突き出すが、右手の甲で膝に軽く触れると残った左手で俺の左横腹を掴み、そのまま交差した腕を元に戻す。
 結局、一瞬の無重力を味わった後、大回転し床で肩をうつ。
「だっ大丈夫ですか?」
「ってことだ、おい、コーヒー買ってきてくれ」
 由未さんが俺を起こしてくれている間にそういうと硬貨を三枚、彩に投げつける。「嫌よ」と返そうとするが、ハルは彩の肩を掴むとクルリと回し「そうか、一人じゃ寂しいのか、そうかそうか、なら一緒に寝てやろう」と言って無理矢理押して行く。流石にここで投げ飛ばすようなマネはしなかったが、思いっきり足を踏んでからエレベーターへと向かう。
 数歩進んだ辺りから、振り返り何か言いたそうにするが結局ハルに背を押され、そのまま箱に押し込まれた。
「なにやってんだか」
「きゃっ!」
 振り返ると走ってきた子供が由未さんにぶつかり、ドンッと音をたてた。柔らかいものがぶつかったかと思うと、固い床で背中を打ちつける。
「だっ大丈夫ですか?」
 布団のように重なった由未さんが顔を上げる。由未さんの目に俺が映った。
「すっすません、ちょっ、ちょっと……!」
 そういい残し、自販機を見つけコーヒーを選び手に取る。ふたを開けようとした瞬間、首筋を電流が走ったような刺激を感じた。
「またか」
 そう呟くと、一口も飲んでいないコーヒーを「もったいないけど」という言葉と共にコンビニの窓ガラスに向けて投げつける。
 缶はガラスを突き破り、そこから頭を出そうとしていた人物に直撃する。それを見届けるよりも早く走りだし、公園の入り口が見えたためそから中に駆け込み、遊具の横を駆け抜けると森を目指す。
 後ろを振り返ると、宙を泳ぐ光が何本も動いている。風を切る音の後、目の前の木が木くずを上げる。
 アクライドの情報は完璧に守られているのだが、稀に“自分を暗殺しようとしている者がいる”ということを嗅ぎつけた政治家などが、同業者を雇い俺達を狙う場合がある。
 といっても俺達の顔は知られていない、毎回このようなことが起きれば全て消去されるからだ。今日俺が狙われた理由としては、まぁ暗殺者と思われるからだろう。
 街の一件を見ていた奴がいたと言うことだ。実際人の一人二人殺そうと、自分の命に変わる物はない。と言う考え方で何も知らない青年などが殺されている。
 ライトの数からして、今回は相当多そうだな。威力が少ない銃を持つ者でも数が集まればそれは立派兵器だ。戦術を使えるようになり、一人では不可能なことも出来る。

 だから――

 森にはいり、木を横切ると、左手でそこから銃を奪い取り、右で裏拳をたたき込んでおく。そのまましばらく走ると、同じ事を繰り返す。

 こんな風に何人かが先回りしているってこともあり得るわけだ。

 ライトを消さない辺りが、二流と決めつける。いや、後ろに注意をひきつけ、先回りしていることを悟らせないという思惑もあるのだろうが、こうなっては良い的だ、光の元の左上辺りを狙って玉の切れるまで打ち続ける。大抵右で銃を握るためライトは左、銃に備え付けている場合は外れるが……
 やはり予想通り、八ほどの光が地面に落ちる。そこでやっと気が付いたのか光が消え始める、その分だと俺の姿を確認する手段は他にはないようだ。
 ならば……とスッと木に張り付き、足音が近づくのを静かに聞く。
 横を走り抜けた瞬間、飛び出しそこにいた奴を蹴り飛ばす。その際に銃を奪いしゃがみ込み一気にねらいを定め立て続けに打ち続ける。玉にも限りがあるため、一人一発ずつだがそれで十分だ。
 一人が引き金を引く、が、相手が誰なのか分からないため仲間の一人にそれが当たりそれによって罵声が飛ぶ。しかしもう遅い、次々と引き金が引かれ互いが互いを打ち合い始める。
 そして相手が一人になったとき、俺がそれを蹴り飛ばしそいつの持っていたライトを拾い、つける。
 全員どこにでもいそうな服装で、これと言った手がかりがない。と諦めかけたとき、足元に落ちている銃の銃口に見覚えの傷があることに気がつく。
 手入れが行き届いないそれの銃口には、俺が始めて参加した演習の際に使用したものだったはずだ。そうすると、アクライドが廃棄しようと、他の業者に回したものが巡り巡って俺の元へ返ってきたことになる。
「……不思議なめぐり合わせだな」
 記念になるかもと楽観的な考えでベルトに挟もうとして、もう意識のないそいつらに投げ返す。街中で見つかったりしたら本物じゃやばいからな。
 出口は何処だろうと辺りを見回すと、遠くで物音が聞こえた。他にも仲間がいたようだ、通信が切れたから出てきた――そんな所だろう、いかにも二流、いや三流だな。
 足音とは反対側に走り出し、とりあえず出口を探す。月も出てきてあたりが薄く照らされる。これで何とかなりそうだ。公園をぐるりと囲んでいる柵に突き当たったのは数分後だった。柵の向こう側はオフィス街の裏通りとなっていて人通りはなかった。
 高さは3mほどあるが、途中柵を蹴り上れば飛び越えられるだろう。そう思い少し後ろに下がり、柵に向かって走る。まず柵に右足を付けると跳躍の勢いを殺さないように膝を曲げつつ、二歩目を踏み出し垂直に飛び上がる、柵よりも上に飛び上がり足を柵の上に乗せる。
 とっさに身体を丸め、真上に跳躍する。直後俺の身体は宙を舞い、ビルの壁に打ち付けられた。
 ――爆発
 上体を起こすと、俺が駆け上ったあたり一面が吹き飛んでいた。柵は他の部分と繋がっているため、オフィス街に向かって曲がって倒れていた。あたり一面の木が燃え、空が明るくなる。
 背筋に悪寒が走り、直感的に横に転がり壁から離れると壁が吹き飛ぶ。横一列に吹き飛んだそれは俺の身体をかすり、公園の木にぶつかって止まる。
「一体なにが……!」
 焦げた上着を脱ぎ捨てると空中で爆発した。一瞬当たりが明るく照らされ、細い線が走るのが見えた。底に向かって壁の残骸を投げ込む、そして爆発。
 どこかで見たことがある――
 遠くから足音が近付いてくる。流石にコレだけ派手に爆発が起これば誰でも気がつくだろう。光が見え始め、その光が俺を捉えた瞬間、再び爆発が起きた。
 公園内から何本も気が吹き飛んでくる。跳躍、吹き飛んできた木に足場にさらに跳躍。
 そして新たに起きた爆発と木を吹き飛ばした爆風でバランスを崩し、再びコンクリートに打ち付けられるが、飛び上がり走り出す。あのピアノ線のようなものが原因なら全て吹き飛んだであろう今しか逃げられない。
 ビルとビルの間を駆け抜け、表通りに飛び出す。前を歩いていたサラリーマンにぶつかるがそのまま走り、ひとまずアクライド本社に向かうことにした。あそこならばコレぐらいの爆発ならば耐えることができるだろう、それに一体何が起こっているのか把握する必要がある。

 アクライド本社の中はいたって普通だった、人が少し多いような気もするが、いつもとはなんら代わりのない風景が広がっている。いつもどおりIDカードを渡し鍵を受け取ると隠しエレベーターへと向かう。壷を少しずらし、ボタンを押すとエレベーターが開き。
 連続して銃声が響き。俺はとっさにそれを蹴り上げ、そしてそのまま踵を振り下ろす、肩に直撃し、崩れるソイツの腕から銃を奪い取ると着地し、バックステップ。フロア全体に目をやると拳銃を構えた警察官が至る所から姿を現し、スーツ姿の者も胸元から同じように出してこようとしていた。
 引き金を引き、照明を打ち抜き、ガラスの雨を降らせる。相手の動きが止まっている間に、エレベーターへと飛び込むと、鍵を差込み、ボタンを押す――上昇を始めた。
「一体何が……」
 ゴトゴトっと上から音がした、無言で銃を上に構える。
「暁さん?」
 打ち抜く前に声が聞こえてきた。ゴトゴトッと天井へと上がるための蓋が開き、由未さんが頭を覗かせた。俺の姿を確認すると上から降りてくる。
「一体何が起こってるんですか?
 暁さんが消えた後本社に戻ってエレベーターに乗ってたら、急に止まって下がり始めたんで一応隠れてたんです。そしたらこの銃を持った人が入ってきたんで……」
 意識を失ったままの男を指差した、エレベーターに入る際にさらに蹴りを入れたためしばらくは目を覚まさないだろう。
「俺もわかんないんですよ、いきなり追いかけられるわ、爆発が起きるわ……
 とにかく、社長の所に行ってみるしかないでしょうね……」
 そこれエレベーターが停止した、まだ目的の階ではない。扉の陰に隠れるように指示を出し、俺も壁に張り付く。扉が開き――そこにいる人物に蹴りを打ち込みそのまま床に叩きつけられる。痛みが走るがすかさず銃を向け、既に頭に押し付けられているそれに動きを止める。
――蹴りを受け止め、叩き落したのは彩。銃を突きつけているのはハルだった。
 扉が閉まろうとし、俺の身体にぶつかりまた開く。
「さてっと、俺と彩は二人でカラオケから出てきた所なんだが――コレは一体どうしたんだ?
 まさかもうお部屋にレッツゴー♪ なんてことになってるんじゃないだろうな?
 もしそうだとすると、俺は彩の所に泊まることになるんだがな」
「由未さーん? 暁君となにしたんですかー?」
 春の上半身が曲がった、腹を抱くようにしている腕は上手い具合に彩の肘を受け止めている。
「なぁ、ハル、演歌しか歌わなかっただろコイツ」
「はっ春斗さん! 実は警備隊が――」
「今回は演歌じゃなくて軍歌歌ったよ!?」
「警備隊――? 一体どうして……」
「しかも裏社員と分かるや否や、無言で発砲だぜ。こりゃ緊急事態かもな」
「むっ無視!?」
「……とにかく、社長のとこ行くか」
「ところで、彩ちゃんは何の軍歌が好きなの?」
「えーとねーって! あなたには話してませんよーだ」
「由未さん、そんな目で見ないでください」
 全員が乗り込むと、エレベーターは再び上昇を始める。その直後扉の向こう側で爆発音が聞こえた。部屋が揺れる。
「なっ!? ばっ爆発……?
 おいおい、マジで何が起きてるんだ?」
「そうだハル! あのときの空中で爆発するアレがまた――」
「久しぶりだな春斗」
 声は部屋の上からした、端のほうでがみがみと言い争っていた二人も一時停止し、そこを見上げる。俺は銃を構えるが、それをハルは制した。
 ハルは無言で天井の扉を開けると昇る。アクライドのエレベーターは磁力によって動いているため、上のスペースには本来箱を吊るしているであろうワイヤーは存在しない。
 そこに白い髭をたくわえサングラスをかけた老人が立っていた。
「生きていたのか」
「おかげさまで年の割りに良い動きが出来るようになったよ」
 自分の手を観察するように手を動かした、関節を動かせるたびに何かがこすれる音がする。
「そりゃよかったな」
 刹那ハルの右足が老人の顔面にめり込み、サングラスが吹き飛ぶ。壁にぶつかると一度弾かれ、そのままエレベーターと壁の隙間に落ちていった。
 老人の目がそれを見届けると、ハルへと向き、レンズが動き焦点を合わせた。
「サイボーグなんていつの時代のアニメだ?」
「ロマンじゃよ」
「とんだロマンだな、女にはモテないぞ?」
 一気に間合いをつめ、腹に向かって膝を繰り出そうとして後ろに飛び、足を延ばしてさらにつま先で相手の足を蹴ると元の位置に戻る。
「ほう? 腕を上げたな。この距離でもコレに気がつくか」
「まあな、無駄に年をとったわけじゃねぇ」
 軽く横に顔を倒すと後ろの壁が爆発する、上昇を続けているため破片は足元を通過し、それを軽く前に飛びかわすとそのまま右蹴りを打ち込みに入る、老人はそれを腕を上げるが右足をフェイントに逆足の膝を前に突き出し、老人の顔に届く前に足を延ばして胸を踏み台に後ろに飛び、銃の引き金を引く。
 次の瞬間には頭上起きた爆発によって急降下するが、左に身体をねじり左腕一本で跳ねるとさらに引き金を引く、しかし目の前でそれは爆発し、爆風によって壁に叩きつけられハルの体の上昇速度が下がったところにエレベーターがぶつかる。
「生身というのは辛いな? 普通なら死んでもおかしくないものを……」
 老人は目だけでハルを見下ろしていた。口の中の血を吐き捨て、腕で身体を起こしながら言う。
「メンテナンス面倒なんでね。俺はな、健康診断にすらいきたくねーんだ」
「異常なほどの神経伝達速度、自分の体がどれほど壊れたかを知りたくないだけなのだろう?」
「…………」
「まぁ、仕方あるまい。それだけの能力、無償で手に入れるわけがない。
 時間がたてば様々な箇所が悲鳴を上げだす。予測より長く持っているのは能力を封じておるからか?」
 ゆっくりと横に動き、互いの間合いを確認しつつ、ハルは老人の動きを逃すまいと構えている。
「光栄に思わぬか?
 あの女はその実験に耐えられず廃棄されたのだよ?
 それに比べ、お前はそれに耐え――」
「うっせぇ!」
 ハルが叫び、爆発した壁の破片を右腕で投げつけると、ぶらりと下がった左腕を後ろに残し踏み込み、一気に間合いをつめる。
 速度は破片とほぼ同じ、破片は斜め一列に老人に向かい、接触する前に振るわれた腕によって爆発する。
 一瞬上がった炎が老人を包む。中からレンズの割れる音がすると、銃を投げ捨て身体で老人を壁に押し付ける。
 高速移動する金属と固定された金属の接触は火花を生む、それが生まれるか生まれないか――その瞬間右手で老人の顔を壁の鉄骨の隙間に押し付ける。そして斜め後ろに飛び上がるとそこへエレベーターが追いつき方膝をついて着地する。
 鉄の折れる音がした後、エレベーターと壁との間で激しい鉄の音がし、数秒後、底の方から音が響き渡る。
 床には老人の体だけが残っていた。
「久々に見たよ、お前の人間場慣れれした戦い方」
 上半身を上に乗り出して汗だくのハルに話しかける。
 さらに狭いというのに彩まで顔を乗り出してくる。
「うん、私も目で追うのがやっとだった」
「目で追えている、弥さんも人間離れしてますよね」
 下からそう声がすると彩は振り返り、笑顔で返した。由未さんもれに答えるように、笑顔で返した。背筋に冷たい汗が走った。
 相変わらずエレベーターは上昇を続けているものの、栄気象を確認すると既に半分以上昇ってきていた。始めに乗り込んでいた謎の人物、フロアを占拠していた警官隊。そして、全身サイボーグ人間まで登場した、社内進入は容易いわけではない。
 政府公認ともいえる裏組織には社会上手を出せないはずだし、セキュリティーも軍事施設となんら変わりはない。プロが侵入するのならまだ分かるのだが、警官隊まで進入しているとなると……そもそも、ビルの中で爆発物を使う神経も信じられない。
「もしかして、アクライド崩壊の機器って奴?」
 彩が軽い調子で指を立て言う。崩壊することになればこの国の裏事情が一転することになる。事実、アクライドが押さえつけている組織もあり、テロリスト等の排除も行っているのだ。日本全土が荒れ始めることになる……
「分かってるだろうが、暁……もしつかまった場合は――」
「拷問を受け、情報を掃かされる前に命を絶て、そんなことは絶対ありえないだろうが、もし俺が捕まったら撃ち殺せ――だろ?
 アクライドの基礎訓練受ける前夜の契約、ちゃんと覚えてるぜ?」
「……わかってりゃいい」
 由未さんが心配そうな顔で俺を見る。ハルがあの契約を持ち出すのは長い付き合いだが、今回で二回目となる。


 暗い倉庫の中、屋根に開けた穴から中を覗くとアイツが鉄柱にくくりつけられていた。計画では俺が囮になって逃げる予定だった、あの時俺は足を打ち抜かれビルからビルに飛び移っている最中にバランスを崩し、落ち、空中で受け止めると俺のバックを奪い取り、非常階段に投げ自分は落ちていった。
 倉庫の中のあいつの足はピクリとも動かない。俺を投げたためバランスを崩し着地に失敗したのだろう。忍者の異名を持った男が捕まっている姿など、想像すらしなかった。
 耳にはめたイヤホンからハルの声が聞こえる。
「暁、最終試験中にまさかこんなことが起きるとはな。すまない、俺達試験管が――」
 アイツの銃が地面に投げ捨てられ、バックの中身を男が取り出す。
 情報では都内で幅を利かせている組織の麻薬取引記録のはずだった。だが、侵入して開いてみれば、それは日本に侵入していたテロリストのテロ計画だった。それでも逃亡計画を続行、本社でもハルを初めとする試験管が出動したものの間に合わなかった。
「――残念だが、俺がお前に話したこと覚えているよな?」
「もしも、パートナーが情報を吐かされるような状態になれば、その場で命を絶て……」
「俺達が間に合えば助けられないこともないんだが――」
 ハルの声は苦渋に満ちていた。試験管はこちらに向かっているのだが、もう少しかかるようだ。そんなことはお構い無しにそのときは近付いていた。
 資料を手で叩き、目的を吐かせようとする。男が指を動かすと、近くにいた男が鞄から一本の注射器を取り出した。
 アイツの瞳が俺を捕らえた。訓練中常に共に行動した相棒が目で伝える。

――無理だ

 目を背けるが、分かる、あいつはずっと俺に伝えてきている。俺を殺せと。
 針が腕に近付く、目は訴えていた。殺せ、俺を殺せと。
 俺は銃を構え、屋根に向かって一発打つ。
 叫び声が聞こえた。そして、屋根を踏みつけると下へと飛び降りる。そして叫び声が自分の口から発せられていることに気付く。薄暗い倉庫の中では、注射器を手にしたまま男がのた打ち回り、数銃の銃口が俺に向けられる。
 今までに感じたことのないようなほど、体が熱くなっている。銃を後ろに投げ捨て、足に巻いているホルダーからナイフを二本取り出し構えると、右に跳ぶ。
 そこにいた人物の喉にナイフを突き立てると、その人物の身体を踏み台に鉄柱に向かって跳躍し、鉄柱を蹴りそのまま反対側の人物を踏みつけると同時に、左手のナイフを隣の男に突き立てる。そしてバックステップを踏み、鉄柱にくくりつけられている男に銃口を向けている男の頭を掴み、そのまま首を切り裂く。
 血が噴出し、顔に降りかかる。それを腕でぬぐうと、いままで固まったように動かなかった男たちが銃口を今俺のいる場所に向けた。
「なっ!? うっ撃てぇ……!」
「しっしかし!」
「撃つんだ! 撃て!」
 そういいながら手に持っていた書類を投げ捨てると自分の銃を取り出し、弾を打ちつくした、持ち上げ壁にしていたその男を投げ捨てると再び左に跳び、そこにいた男の胸にナイフを突き刺し引き抜きつつ、刺したままだったもう一本のナイフを回収し、前に飛ぶと書類を投げ捨てた男の銃を手首ごと切り捨てる。
 悲鳴を残しつつすぐそばにいた男の顔に突き立て、引き抜く代わりに身体を蹴り飛ばし後ろにいる男にそいつで突き飛ばす。左足を地面につくと右に跳躍しさらに左に跳ぶ、自分のいた場所を追いかけるように銃弾が跳ねる。
「あっ、あきら?」
 人蹴りで男に肉迫すると腕を蹴り上げ、指の力が抜けたところで銃を奪い取り、その男に打ち込むと、跳躍し二階の通路に飛び乗り、後ろに飛びつつ銃を構え引き金を引いた。弾が無くなったことを確認すると、それを投げつけ、殆ど同じ速度で駆けるとナイフを突き立てる。そいつの足を払い、後ろに回し銃を構えていた男との間に出すとその男は撃つのをためらう。時の拘束が解けた瞬間にはその後ろに回りこみ、後ろから刺し込む。ナイフを引き抜くと既に銃声はなくなっていた。最後の男が膝をついて崩れる。
「おらぁあ! コレを見ろぉ!」
「くぁっ……」
 首だけでそちらを見る、まだもう一人残っていたようだ。片腕で眉間に銃口を押し付け、手首のなくなった腕を体の前に回し自分の盾にしている。
「ハッハハハハァ!
 こいつの命が欲しけ――りゃ?」
「なんだって?」
 その男のわき腹に差し込むと、耳元で囁く。
「くっ……くぁぁあ!」
 腕を解くとナイフを引き抜き、銃口を向けるが、既に俺は後ろへと回り首を掴むと握りつぶす。
「――ぁ」
 そして、手の力を抜くとそいつは地面に崩れ落ちる。体の熱が引いていく。
「おまえ、いったい――」
「……わかんねぇ」
 血まみれになった腕を、身体を呆然と眺める。
「体が熱くなったと思ったら――」 
 目の前に影が覆いかぶさった。そこに鈍い音が数個したかと思うと、崩れ落ちる。
「……!!」
「だから、俺だけ打てばよかったんだ――」
 体が張り裂けそうになる、血が沸騰したかのように熱くなる――

 あいつと俺は訓練生時代に知り合った。金持ちの家計出身らしいが、ある事件をきっかけに親と関係を切られ家を出たと話してくれた。
 逃亡を防ぐ目的で設置された寮で俺達は出会い、この最終試験まで常にコンビを組んできた。雪山での実習中に俺が大怪我を負った時も俺を担ぎ、実習をこなしながら降りた。
 最終成績はまだ出てはいないが、歴然とした差をつけられていることを自覚していた。その差を埋めるための訓練にも付き合ってもくれた――結果、さらに差が広まったが。
「最終試験が終わったらうまいもの食いにいこう、こんなまずい飯じゃなくてさ」試験開始前に俺が提案したんだ「そのときは俺がおごってやるよ、金持ちの口に合うかはわかんないけどな」試験はすぐ終わると思っていたんだ。
 二人で、飯を食いにいけると思っていたんだ――

 半時間後、新たに進入したテロリスト集団は試験管が到着したときには全員絶命しており、遺体は政府に渡された。表向きの発表は暴力団の派閥抗争ということになった。
「本当に、すまなかった」
 公園のベンチでコーヒーを飲んでいるとハルがやって来てそういった。俺は缶を口から離すと、ハルを見上げる。その手にはアイツが髪をまとめていた紐を握っており、それを俺に渡す。
「アイツのだ……持っててやれ」
「……ああ」
 受け取るとそれは鉄か何かが編みこまれているように見えた。日の光に反射し輝く。
「なぁ、ハル。俺に戦い方を教えてくれ――」
「……無理だ、お前と俺じゃ根本的な違いがある。
 これは訓練をいくらつんでも乗り越えられるものじゃない」
「……そうか」
 俺はそう答えるとアイツと同じように髪をまとめた。アイツほど長いわけじゃないが結べないわけじゃない。
 あいつは言った、俺達は平和のために悪になったんだ、大切な奴を守りたいから悪になったんだ、だから殺せと。俺一人の命で守れるのなら、殺せと。
 だから、もっと強くなってやる、相棒を二度と失わないためにも――


「あっ、もうすぐだよ」
 彩が液晶を見てそういった、ハルは傷を庇いながらも上から降りようとしている。
 そのハルの体を腕が抱きしめた。
「てっ、テメェ……!」
「悪いが一緒に死んでもらおう」
 老人の胸から音が聞こえた。ハルは振り返り、首から下だけになった老人を振り払おうとする。
「はっ、ハル!」
「馬鹿、行け!」
 その言葉と同時に扉が開き、由未さんに腕を引っ張られて飛び出した。ハルが老人の残骸をつかみ、エレベーターの扉を閉めるスイッチへ投げつけた。
 扉が閉まり、爆発音の後エレベーターが急に滑り落ちる音が聞こえはじめた。続いて何度も爆発音が繰り返し耳に届き、やがて何も聞こえなくなった。
「行くぞ、彩」
「……暁君」
 由未さんは躊躇しながらも後ろについてきた。下に戻っても結果は変わらないだろう。
 しばらく立ち止まっていた彩も小走りで後についてくると史書室が視界に入ってきた。
 高級感あふれる、実際かなり重い扉が通路の一番奥に設置されており、車に二台がすれ違えるほど通路は広くなっている。
 その扉がゆっくりと開き、そこから女性が姿を現した。
 金色の髪を腰まで伸ばし、まるで外資系企業の史書のように紫色のスーツを着ている。
「また会ったわね」
 そこで記憶が一致した、『神崎美嘉の件』で現れた女だ。そして、先日の街で出会った女でもある。
 扉が閉まる。その向こうに見覚えのある顔が見え、思わず叫んだ。
「美嘉!」
 その声に振り返る。俺は走り出すが女の横にさしかかった瞬間一気に後ろへと吹き飛ばされた。
 腹に感じる痛みに耐えつつ、意識を保つ。
 あの頃とは少々大人びてはいたが、間違いなく彼女が中にいた。俺がずっと探し続けていた彼女が、どうしてそうなったのか問い詰めたかった彼女が。
「ボウヤ、おねーさんのことは嫌いかな?」
 そういいながら、スカートの右端を破いていく。見えてはいけないところまで見えそうだ。
「確かに神崎はこの先にいるわ、だけどね、だからって通すわけには行かないわ。
 ここに入るまでどれだけ苦労したと思うの?
 青葉春斗の拉致の失敗でかなり大変だったんだからね?
 まぁ、彼ももういないみたいけどね。すごい爆発音だったわね、あの御祖父さん頑張り過ぎたんじゃないかしら。いい人だったのにね」
 ゆったりと歩みながら続けた。
「たくさん仲間が死んだわ。彼のようにあなた達の同僚に殺されてね。
 別にそれはかまわないって訳じゃないけど、それは仕方が無いものね。
 この世界では殺すか殺されるか、殺らないと殺られるもの。みんなそれを承知の上で入ったもの」
 独り言のように――まるで自分の意思を確認するように言葉を紡いで行く。
「私達が世界を変えるんだ、悪を滅ぼすんだって、みんなそういってここまで来たのよ……」
 視線は俺達を捕らえているものの、その先を見るかのように。
「だから、貴方達にここを通すわけには行かないのよ。
 私は彼らの命をもらってココにいるの、だから彼らの思いも背負ってるのよ」
 上着の胸ポケットからメガネを取り出すとそれをかけ、そこに立った。美しく背筋を伸ばし、俺達に焦点を定め。
「どうしても通るって言うのなら――」
 笑顔で――。
「お姉さんが殺してあげるわね」
 刹那、その顔が目の前にあった。首筋を嫌な汗が流れる。顎に手をかけられ、首筋に息を吹きかけれられた。
「――あなたの答えは?」
「あっ、暁君!」
「……俺は『姉ちゃん』に会わないますよ。あのときの話の続きをしなきゃならない」
「そう、残念だわ。君の事気に入ってたのに」
 その言葉とともに重心を崩して床に倒れこむ、俺が床に着く前に元居た場所を彩の蹴りが通過し、女の腕に受け止められる。女の視線が彩に移った所で、崩れた状態から蹴り上げ女を狙が、軽く後ろに下がって女はこれを避けた。
 メガネを指で押し上げ、再び背筋を伸ばす。
 由未さんを庇う様に左腕で通路の奥のほうへと押しやる。視線ははずさない。
「どれだけ成長したか、楽しみだわ」
 微笑むと軽く床をけり、彩の横を抜け一気に間合いを付けてきた。
 女は全てまっすぐに伸ばした指を突き出す。その右腕手首に右腕を当て軌道をずらし反転、突き出そうとしていた左腕を左手で押さえ込む。耳元を暖かい息がくすぐる。
「こんなもの?」
 そのまま女ごと後ろに跳躍する。柔らかいものを感じるが、今はそんな時ではないと意識を押しやる。
 彩の回し蹴りがそこへ打ち込まれると女は右腕を曲げ、俺を抱くようにして体をひねった。目の前に足が移る。
 素早く足が引き戻されると、もう一度方向を変え正確に女へと打ち込まれてくるが、女は地面を踵で蹴りその場で一転しそれを避ける。
 覆いかぶさるように女が俺を床へと押し倒し、肺の空気が全て押し出される。
 地面からの反動で女はそのまま飛び上がり、空中で反転すると天井を蹴り落下。そこに打ち込まれた跳び膝蹴りを腕で撫でる様に流しながら回避し、着地した。
 息を整えながら女を見据える、息一つ上がってはいない。
「がっかりね、子供のままじゃないの」
 彩が体制を整え、再び飛び掛る。
「だから、あの頃のままじゃない」
 女は横にずれそれを避けると、体をひねりながら右腕をひねり出す。腕は彩の腹部へと吸い込まれていき、体が一瞬中を浮いた。呻き声がこぼれる。
「あなたもまるで子供よ?」
 さらに反転しながら踵押しで体を床へとたたきつける。
「そんな、どうして――」
 彩の目が動揺に染まった。手で押さえている腹部が赤く染まりはじめていた。指が貫通したかのように服に穴が開いている。
「あら意外かしら?
 貴方の御家に協力をお願いしたら『是非』って稽古を付けてくれたわよ?
 しかも、貴方を超えちゃったみたいね、今の感じでは。貴方じゃ私に勝てないわよー?」
「……確かに勝てないかもしれないけど、負けられないよ」
 腹部を押さえつつも、立ち上がり、睨み付ける。
「だってアキラ君には、ここを通って欲しいから。ちょっと悔しいけど」
 一気に間合いを詰め、突きを繰り出すがリズミカルに弾かれる音が響く。少し後ろに飛びながら回し蹴り、女は左腕で受け止めると足首をつかみ体をひねりながら引っ張る。
 引き寄せられた彩は左膝を突き出し、女の顔を狙うが首を横に倒して避けられる。女を通り過ぎた体を追うように女は右腕を突き出した。背中に指が食い込む。
 軽く仰け反った彩は膝を突いて着地し、自分の背中の傷を確認する。腹部同様、服を貫通し身に突き刺さったらしく、血が流れ出ている。
「おい、彩……」
「アキラ君はここにいて、邪魔だから、ね?」
 笑顔でそういい残すと再び間合いをつめ、右から蹴りを繰り出すが、女はそれを体を曲げて回避する。さらに左足で追撃をかけるが、それすらも避けられた。
 中にある右足を女は押し上げ、彩のバランスを崩すと開いた腹部へと腕を伸ばす。体をひねり避けるが、脇腹を指がえぐっていく。
 床にぶつかる瞬間に左腕をつき、後ろへと飛ぶとそこへ女の追撃がやってくる。突き出される腕を弾き続けるが服のいたるところが赤く染まってゆく。
 二本の腕を時には足を駆使しながら弾き続けるが、女の表情は一向に変化しない。
 俺は銃を抜き、そこへ最後の一発を打ち込む。女は素早く反応し、右手を中で振った。開いた空間を潜り抜け、彩の左腕が女の腹部を打ち付け、女は数歩後退する。
 そして、俺のほうを見つめ、右手で掴むそれを見せた。
「なんだと……」
 右指の先に浮いたそれは、赤く染まった何かによって支えられていた。
 女の指先から数cmの所まで何かが伸びている。彩の血液だろう、それによって赤く染まり、半透明になったおかげでその姿が確認できた。
「残念だったわね」
 女が俺の元へと跳躍するが、彩がそれを蹴りで阻止し、息を継ぎまもなく蹴りのコンビネーションを浴びせる。
 足を繰り出すたびに彩の体は赤く染まっていく。
「あなたもいい加減あきらめたらどうなの?」
 余裕の表情で女は話しかけながらそれを弾き続ける。
「これがある限り、私には絶対に――ぇ?」
 何かが欠ける音がした。
 女が彩の蹴りによって、驚きながら後ろへと数歩下がった。
 女の指の先に線が入っている。
 そこにさらに彩の追撃が叩き込まれ始める、相変わらず赤く染まっていくが徐々に女は後退していった。
「そんな、そんなはずは――!」
 女の左腕が上へと弾かれ、回し蹴りが横腹を捕らえる。そこへ右腕で正拳突きが繰り出されると女が両腕を突き出し、それを刺し止める。
 それと同時に指先の赤いフィルムが崩れ落ちた。彩の拳から血が流れだす。
「硬いのよ……!」
 その突きつけられた腕を全体重を乗せ蹴り飛ばす。女の顔が苦痛にゆがみ、バランスを立て直すと、改めて自分の指を見た。
 全ての指の爪が剥がれ、中には完全に千切れ飛んだものもある。
 あまりの痛みに腕を伸ばし、それを押し殺そうと歯を食いしばる。
「くっ……」
 かなりの出血をしつつも歩み寄ってくる彩を睨み、胸ポケットから一つのカプセルを出すと飲み込んだ。
「くぁっ、ぁああぁぁああ!」
 女が自分を抱くように腕を回し、片腕で頭をかきむしった。目が充血し、息が荒くなる。
「わたしまでぇぇぇええ!」
 駆け抜け、彩の首筋へ指先を伸ばすがそれが届く前に、動きが中停止した。
 彩の右腕が胸に突き刺さっている。
「わ、私の……つ、つめ――」
 彩が腕を引き抜くとゼンマイが切れたかのように女は倒れこんだ。そこには美人の面影もなくなっていた。
 そこに彩も倒れこみそうになるが、走りこんでそれを支える。
 肩で息をし、目も焦点が合わず空ろだ。服はボロボロで、至る所から出血をしている。
「あ、アキラ君……わ、わたしはぁ――」
「黙ってろ」
 床に座らせると血に染まった服を破き、出血している箇所を確認し破いた服で止血する。
「……えっち」
「馬鹿、しばらく休んでろ――って言いたいところだけどな、肩貸してやるから付いて来い。
 もし奴らの援軍とかが来たらやばいから……ほらっ」
 流石に下着姿で放って置く訳にも行かないため、上着をかけてやった。
 肩に腕を回させ、無理矢理歩かせる。
 扉のほうに視線をやると由未さんが扉に手をかけていた。
「暁さん……あけますよ?」
 それに視線で答ると由未さんの腕に力が入り、扉がゆっくりと開き始めた。
 俺は彩とともにゆっくりとその部屋に足を踏み入れた。

――神崎美嘉が待っているであろう、その場所へと。

Chapter(3) Blood-stained Wolf - END -


Chapter(4) Under the Yggdrasill(ユグドラシル)

 神崎美嘉――事情も聞かされぬまま親に捨てられ一人だった俺に手を差し伸べてくれた唯一の人物だった。彼女が現れなければあのまま死んでいたかもしれない。
 彼女の素性は俺は知らない、聞いたとしてもはぐらかされるばかり、名前を知ったもの事件の始まる寸前だった。そう、その事件で彼女は俺の前から姿を消した。
 同時に俺は彼女を追いかけるために、裏側の世界に踏み込んだ。
 どうして、そうなったのか。なにがあったのかを聞かないといけない。
 そして、やっと再開できた。扉の向こうに彼女の姿を見つけた――
「……――あ――さん―――暁さん!」
 その声で目の前の光景が飛び込んできた。
 二匹の犬が再び飛び掛ってきていた。片方を蹴り飛ばし、もう一方は体をねじって避ける。
 しかし着地した直後追撃を加えてくる。腕見噛み付いたそいつごと壁に体当たりし、いったん距離をとる。
 この部屋に入って食らった不意打ちのラッシュで体中に引っかき傷が出来ていた。
 部屋に踏み込んだ瞬間、左右から二匹の犬に襲われ、彩をその攻撃線上から避けさせるだけで精一杯だった。
 どうも、強烈な一撃を加えられ壁で頭を打り、数秒意識が飛んでいたようだ。
「ハティ! 噛み付いてもいいけど、食うなよ? 病原菌が移っても知らないよ?」
 そういいながら秘書――いつもは未沙さんが腰掛けているイスに座ったいた男が立ち上がった。
 上着を脱ぎイスにかける。まるでバーテンダーのようなベストを着ている。
「そのまま食されれば良かったのに、まったく苦痛の時間を延ばしたいのか?
 僕にはその気持ち、理解できないね」
 彩は……大丈夫、乱暴に投げ捨てたものの由未さんに肩を借り立ち上がっている。
 傷のほうは致命傷になるようなものではないものの、所々出血がひどい部分がある。
 ただ、問題点は――
「……狂犬病の予防接種は?」
「……してあるよ」
 少し意表を付かれた様に男は答えた。
「ただ、君は毒の予防接種は受けてるかな?」
「種類によるけどな、一般的なものは耐性つけてあるぜ?」
「残念。
 一般的なものじゃないから、この毒は」
 そう言いながら手を口に持っていき、口笛を鳴らすと、今まで今にも飛び掛りそうだった犬が彼の足元へ戻った。
 改めて二匹を観察する。かなりの大型犬だ。犬というより狼といったほうがふさわしいかもしれない。
 全身の毛が逆立ち、足の筋肉が膨張し血管が浮き上がり、目は充血している。牙が覗く口からは唾液が流れ、荒い息を上げていた。
 首に銀製の装飾品、シルバーアクセサリーをつけていた。
「アキラ君……あの犬って……」
 後ろから彩の掠れた声が飛んできた。
「公園で出会った――スコルじゃない……?」
「スコル――?」
 また男が意外そうに答えた。
「なんだ、君達スコルを知っているんだね
 もしかすると……公園で迷子になったのを見つけてくれたのは君達なのかな?」
 片方の犬にそう呼びかけると、その犬は軽く首を下げた。「YES」ということか。
「なら、なおさら不思議だろうね」
 軽く笑みを浮かべ、からかう様に。
「まっ、説明する気はないけど?」
 再び口笛を吹くと二匹が左右から一斉に飛び掛った。
 かすかに右側から来るほうが早い。そちらに踏み込み、前足を体を軽く横にしやり過ごす。
 そのまま前進し、笑っている男に向かって疾走する。
 着地し、方向を変え再び飛び掛ってくる犬二匹をしゃがんで避ける。俺と男の間に降り立った二匹は唸った後、一匹がまっすぐ飛びかかってきた。
 それを横に転がって避けると、上から衝撃が加わる。爪が受け止めた腕に食い込む。そのまま交差していた腕を勢い良く解き、犬を弾き飛ばす。
 そのまま右腕を後方まで振るい、そこに飛び込んできたもう一匹を殴りつける。
「僕が動かないと思ったら、命取りだよね」
 弾き飛ばした犬の影から男が現れる。その手にはサバイバルナイフが握られており、目の前でそれが振るわれる。
「――なっ!?」
 男が短く叫んだ。ナイフは動きを止めている――俺の口で固定されて。
 思いっきり男の腕を上から殴りつけると同時に、首を振り下ろし、ナイフを奪い取る。
「まるで獣だね……」
「うっせぇ」
 ナイフを口から手に持ち変え、逆手で構える。
 驚きを隠せない男に一気に接近し、切りつけようとするが、左から飛び込んできた犬にナイフを受け止められる。
 そのまま、目の前でナイフを牙で受け止めた犬の首筋へ、噛み付いた。
 流石に犬は悲鳴を上げる。そこへもう一匹が体当たりを加え、俺は離れた。
「はっ、ハティ!」
 駆け寄り、首筋に手のひらを当てる。一匹は傷口を舐め始めた。
 口に含んでいた肉片をはき捨てる。獣といわれても仕方がない戦い方だと我ながら思う。
「おまえは……」
 男が首だけこちらに向け睨んだ。
「どれだけ僕を不幸にするんだ!」
 その姿がある少年の姿に重なる。大型犬三匹に囲まれ、子犬を庇う様に抱きかかえる少年。
 俺のことを突然『病原菌』と呼んだあの日の少年。
「――アレン……おまえ、アレンか?」
「いまさら気が付いたのか!
 そう、僕はアレン=テュールフォードだよ。お前に殺された男の息子だ!」
 嘘だ。と瞬時に判断を下す。様々な任務をこなしてきたが、その中で『テュールフォード家』の人物は見たことがない。
 そもそも、その名を聞いたのがあの日以来始めてだ。
「まだ分からないのか……。
 お前があの日ぶっ壊した、あのビルは我が一族の本社ビルだ。そしてあのビルの中に父はいた。
 そりゃぁ、驚いたさ……父を迎えに出向くと目の前でビルが崩れだしただからね。
 しかも車まで待っていた母上の元へその瓦礫は降り注いだんだ。一緒に居たソールとマーニも死んだ」
 ハルに出会い、彼女を追う為に進入したビルは確かに崩壊した。
 その後すぐにアクライドを訪れたため、その件に関する報道はまったく聞いていなかった。
「父が不在になった後の経営はひどかった。
 数週間で多額の負債を抱え、あっという間に僕は家をなくしたんだ」
 立ち上がり、傷を負っていない方の犬を操りつつ続けた。
「だけど、僕は彼らに出会った。
 そこで君が監視カメラに移っていることを知ったんだよ。
 そしていまこうやって顔を合わせてる。ハティを傷つけた」
 犬の頭を優しく撫で、首のかかっているアクセサリーを取り外し。ダガー状のそれを手に握り、犬の首元に突き立てる。
 同時に、傷づいた犬――ハティのものも取り外し突き立てた。
 うめき声を上げながら二匹の体が膨れ上がる。数秒後の後、怪物としか言い様のない犬がそこに立っていた。
「もう、僕は君を生かしておけないよ」
 口に手をもって行き口笛を吹く。
 二匹が飛び掛ってくる。まず先ほどと同様に右側から飛び掛ってきた方を避る。
 そのままナイフを腹部に突き刺すが、筋肉が分厚すぎて内臓に達しない。素早く引き抜き、そこに現れたもう一匹の前足を受け止めるが、足が地を離れ後ろに吹き飛ばされる。
 壁に激突し、一瞬意識が飛ぶが飛び掛ってきたそいつの牙をナイフで受け止め、体を足で押し飛ばし横に移動し距離をとる。
「くそ、何の映画だ……」
 飛んできたその前足を脇と腕で挟み込み、その勢いを利用して壁へと投げ飛ばし、身をかがめてもう一匹の攻撃を避ける。
「こりゃ、セーブしてるばあいじゃねぇな――」
 靴を脱ぐと息を整える。
 アクライドに入社しているもので、暗殺業務を担当するものたちは何かしらの分野で特化している。
 それはハルのように身体能力、体の仕組みが違うタイプと彩のように技術で常人の域を超える二種類だ。
 俺の場合は前者になる。ハルは人工の物らしいが、俺は生まれつきそのように出来ているそうだ。
 思考を停止させ、脳へと命令を下す。
 ――非常モード移行。
 まず血の匂いがしなくなり、耳から入ってくる音が消え、視界から色が失われていく。
 ――リミッター解除。
 手を軽く握り、その動きを確かめる。
「――    」
 口を動かすが声は発せられない。
 地面を軽く蹴り飛ばすと床のタイルが跳ね上がり、俺の体は二匹の怪物に一瞬で接触する。
 ナイフを横に振るい腹を横に裂き、跳んだ勢いでそのまま蹴りを叩き込む。一匹目が床に落ちるよりも早く二匹目の首筋に手刀を打ち込み、反対側から膝蹴りを加え完全に折る。
 着地すると同時に足が嫌な音を立てるが先ほどとは反対側の足で壁を蹴り、アレンとの間合いを一気に詰める。
 顔が恐怖に染まり、銃を胸元から取り出すと銃口を向ける。
 床に腕を着き、横に押し出すと体は直角に曲がりその弾を避ける。避けた次の瞬間にはもう一度床を腕で押し出し、アレンに体当たりを加えた。
 壁と俺に挟まれ、アレンの体から内臓が潰れる音を立てる。すぐさまアレンから離れる。
 ――解除。
 突如、全身に激痛が走り。右足が崩れ床に膝を付く。右腕が大きく震えたかと思うと筋肉が千切れる音がし、それを反対側の手で押さえて苦痛を飲み込む。
「お……おわった――
 もう、うらむなよ、馬鹿野郎……」
「暁さん!」
 由未さんが彩をつれてやってくる。
「だっ、大丈夫ですか?
 顔真っ青ですよ!? それにその血――」
「アキラ君……」
 由未さんの肩にかけていた腕をはずし、彩が傍に膝を付く。
 無言で俺の服を破るとそれで止血を始めた。毒の種類はおそらく血圧を上げるものだろう、止血が完了しても血は流れ続けた。
「ありがと……」
 お互いに血を流しすぎたため顔が白くなってきていた。多少彩は落ち着いてきているもの、いつ倒れてもおかしくない。
 右足は完全に骨が砕けていた。
 『リミッター解除』と呼ばれる俺の特殊体質は名前そのものだ。通常人間の体は自分の力で自分の体を破壊しないように力に限度を設けている。
 俺の場合その限度を一時的に外す事が出来るものだ。アクライドの最終試験での事件でこの能力が発見され、特進に部類された。
 いくつかの薬物投与の結果、その解除する部分を指定する能力の習得に成功し、通常考えられないような動きを可能にする。
 その代償として、体は一瞬で大怪我を追うことになる。
「もう…私は大丈夫だから……」
 そういって俺の腕を方に回すと立ち上げようとする。反対側に由未さんが回り、二人係で俺を支えた。
 目で会話を交わし、社長室への扉へと手をかけ、中へと入っていく。

 中は暗闇だった。
 社長席の後ろにある、前面ガラス張りの壁の向こうを警察のヘリが飛び、一瞬その明かりで室内が照らされる。
 社長席に、アクライド最高責任者である、人物が。
 その反対側に、神崎美嘉がいた――。
 雲で隠れていた月が姿を現す。
「神崎姉ちゃん……」
 俺が呼びかけると彼女は驚いたように振り返った。
 目を見開き、駆け寄ろうとするが踏みとどまり、手をきつく握り締めた。
「――やぁっ、久しぶりだねー。
 どうしたんだい? 今にも死にそうな顔してさっ」
「……これが結果だ、美嘉」
 社長が彼女の背中に向かって話しかける。
「おまえがこの会社の崩壊を図ったところで、お前のわがままでしかないんだ」
「ですが……ですが、お父様は!」
「黙れ美嘉、お前の母親は確かに私が殺した。
 だがな、お前も分かっているだろう。仕方のないことだと。
 この世界は裏と表があり、秩序を守るためには殺さなければならないものも居る」
 沈黙が訪れた。
 その沈黙は突然破られた。
「まったく、だから美嘉チャンは駄目なのよ」
 俺の腕が振り払われ、俺は思わず膝をついた。
 由未さんが前に進み出る。
「何のために政府組織に入ったのよ?
 『父の会社はあってはならないんです!』って意気込んでいたのは誰かしら?」
 口調がまったく違っていた。
「まぁ……いいわ、私が壊してあげるから」
 どこから取り出したのかその手には一丁の拳銃が握られている。
 それを構えながら前へと進んでいく。
「どうも、お久しぶりです。社長。新人採用、ありがとうございました。
 おかげで計画実行が容易くなりましたわ」
「……私も年をとったものだな、逆スパイに裏切られる事を予測できなかったとは」
「ええ、引退をおススメいたしますわ。まぁ、いま死ぬのですから関係ないですけどもね。
 そもそも、国家調査員最高責任者であることすら、見抜けないとは……裏世界も終わりですわね。
 あら、失敬、もう終わりでしたわね」
 軽く笑うと由未さんは最後に正面を見据えて笑顔で告げた。
「では、さようなら」
 銃声が響き、大量のガラスが地上へと降り注いだ――。
「……あら?」
 打ち抜くはずだった人物がそこから姿を消したことに首をかしげる。
「ゆ、由未さん!」
 彩の肩に?まり何とか立ち上がって叫ぶと同時に、由未さんの手に握られていた銃が宙を舞った。
「あんた、一体……」
「――逃げ足は速いのね」
 部屋の隅に神崎を抱え移動した社長を目で捉えてそう答えた。
 その手には銃が握られており、そこからはかすかに煙が上がっている。
「そうでなくては社員に殺されてしまうからな」
「由未さん!」
 社長から目をはずし、両手を上に上げながら答える。
「うるさいわね、だから年下は嫌いなのよ。
 いい坊や? ここまでつれてきてくれてありがとう、それだけは礼を言うわ。
 あとね、私の演技にだまされるぐらいじゃぁまだまだよ?」
 短い付き合いではあったが、俺が接していた岡村由未の姿はどこにもなかった。
「……あんた本当は何歳だよ」
「レディに年を聞くのはよくないと思うわ?
 まぁ、お礼にあそこの社長さんより数十年は長く生きてるってことだけ教えてあげる」
 数十年長く――……
「ちょっと、それ反則よ!」
 何故か彩が叫んだ。しかし、すぐさま傷の痛みにうめいた。
「おまえな……」
 ハルのことを思い浮かべ少し詰まる。
「そうだとしたら、社長さんの銃は効かないわね。撃ってみる?
 心臓は――ここよ?」
 片腕を下ろし、胸の辺りを指差し、口の片端をあげて笑う。まるで悪魔のように。
 そして一発の銃声が響き、口から血を吹き出す。
「うまいまね、社長さん」
 そして笑みを浮かべながら口の端についた血を舌で舐め、倒れる。
「おっ、お父さん……!」
 社長は壁にもたれかかり、銃を持った手で脇腹を押さえる。それを急いで神崎は支えた。
 俺もなるべく急いでそこへと向かった。
「まったく、お前のわがままのせいで大変なことになったではないか」
「……ごめんなさい」
 彼女は頭を下げた。
「社長、あの女は――社内に潜入している奴らは一体……?」
「月夜か、わざわざすまないな」
「いえ、すみませんでした……。
 あの女の正体を見破れずここまで連れて来てしまって」
「いや、あの女の正体はおそらく、ここに潜入している奴らでさえ知らないだろう。
 なんせあの女は――」
「あ、あきら……さん」
 突然、ゆっくりと由未さんが立ち上がり、そうつぶやいた。
 胸からは大量の血が流れ出し、服は赤く染まっている。
「由未……さん」
 社長から銃を受け取り構える。
「私は……私は一体―ー」
 自分の胸に手のひらを当て、付着した体調の血液を見つめ、絶句する。
「由未さん……?」
「暁さん! 私! 私!」
 駆け寄ってくるが口から血を吹き出し、その場で倒れこむ。
「あ、あ、きらさん……わたし――はぁ」
「アキラ君!」
 彩の声を背に腕を跳ね除け由未さんに駆け寄り、上半身を抱えて起こす。
「――由未さん」
「あ、きらさん……――わたし、私は……どうして――?」
 思わずその顔から目を背ける。
 一体、何がどうなっているのか、まったく分からない。
 どうして由未さんが――
「暁!」
 突如神崎が声を上げた。
 彼女が俺を抱え、由未さんを蹴り飛ばす。
 宙を舞う彼女の手には、俺が持っていた銃が握られている。
 彼女が俺を抱き包むように胸の中へと押し込む。
 刹那、銃声が鳴り響いた――


 日の日差しが眩しい、数日振りに外に出た。
 足の骨が完治していないため松葉杖での行動になるのだが、それほど苦労しない。
「はぁ……眠いな」
 病院内のベンチに腰掛け、木々の間から漏れる光を見上げた。
 由未さんが引き金を引く寸前に、扉が蹴り飛ばし中に未沙さんが中へと踏み込み、空中で銃を構えていた由未さんを撃った。
 呆然とする由未さんを彼女は蹴り飛ばし、ガラスを割って外まで吹き飛ばし地上へと突き落とした。
 その後、未沙さんに案内され、非常脱出経路を使って外へと出た。一度地下へもぐった俺達が地上に出たときにはアクライド本社が崩れ落ちる姿が見えた。
 まるで裏社会のバランスの崩壊を暗示するかのように、巨大なビルが崩れていった。証拠隠滅のためか、周辺数mに及んで爆発が起こり、3日間わたってビル跡地は燃え続けた。
 結局、あそこまで駆けつけた俺達は何もわからないまま、その事実を見届けるだけだった。
「結局、なんだったんだ……」
 由未さんの中に意識が二つあった、そんな妄想さえ抱いてしまう。アクライドを潰そうとした組織、彼女は「国家調査員最高責任者」と名乗った。国が動いていた。
 ふと思う、これからどうしようかと。
 もう身を寄せる会社もない、寝泊りする部屋もない。幸いにも貯金だけは一生暮らせる分は蓄えがる。 
「まったく……」
「こらぁ、暗いぞー?」
 見上げたそこに現れたのは今回の事件の中心部に居た人物、神崎美嘉だ。
 特に怪我をしているわけではないので元気そのものだ。
「――もう巻いたのか?」
「ん? 大丈夫だよん、おねーさんの能力を舐めてもらっちゃぁ困るね!」
 表沙汰にはされていないが、国の組織を裏切ったということでかなり厳しい状況のはずだ。
 脱出直後、未沙さんに協力してもらい、全てのデーターを除去しに姿を消したっきりだったため、久々の再開だ。
 ちなみにいつの間にか社長は姿を消したいた。おそらくいまも元社員の身元安全確保のために動いているのだろう、裏社会の頭の割りに優しい一面がある。
 まったく、親子そろって似ているものだ。
「なにさ、その笑みは!
 年上をからかっちゃいけないんだぞ?」
「……今度こそちゃんと話せるな」
「んー、そだね、成長した君の話、聞かせてもらおーかな」
 あの頃のように、優しく微笑んでくれた。
 全て水に流せるわけじゃないけれど、俺は全て背負って生きる。彼女もそのつもりなのだろう。
 互いに笑顔をかわした後、彼女が遠くの木を指差した
「ただ、あそこでこっちを見てる二人をどうするかは君次第だけどね?」
「――――」
 松葉杖ではミイラ男のようになったハルと、車椅子の彩を松葉杖で殴り飛ばすのが難しいなと思いつつ、彼女に肩を借りて二人を追いかける。
 結局の所、裏の社会がどのように変化し、この国にどのような影響を与えるのかは分からない。
 再び誰かを手にかけることもあるかもしれないし、報復に遭い、今度は生き残れないかもしれない。
 けれど、いま大切な人が近くに居て、こうして会話を交わせる。
 いまはそれだけで十分だ――。

 数分後、待合室で未沙さんに酷く絞られ、小さくなる三人の姿があった。

Chapter(4) Under the Yggdrasill(ユグドラシル) - END -




  あとがき

  さて、最後まで読んでくださった方は現れるのかと思いつつも、いまあとがきを書いております。
 過去、seiron作品を呼んでくださった方はお久しぶりです。今回初めてお読みになってくださった方、始めまして。空想に浸り続ける男です。

  前回完結させた作品は何だろうか……? と振り返ってみると、長編では最初に書いた『MASIC STONE』だけではないですか。
 思えば他の作品は途中打ち切りだったり、ボツにまわしたり、設定が分からなくなって放置したりと最後まで書いたのは久々じゃないかなぁと思います。
 いや、あとがきを書いたのが数年前だから本当に久しぶりです。あとがきさん、お久しぶり。

  今回前半を書いた時期と後半を書いた時期に時差がありすぎまして、精神状態がまったく違う上で書き上げました。そのため、途中登場人物の思考が捻じ曲がっている部分があります。
 (ある程度は訂正したつもりなのですが、見落としがあったりするとまったく違うようになっています。昔の自分の思考回路で思いついた思考なんて思い出せないよ!)
  2年間もかけてちょびちょびと書いたのですが、後半2章は1ヶ月で書き上げています。最終章に至っては深夜ラジオをBGMにしつつひたすら書き上げました。早く書き終わりたい思いに駆られて。

  正直シーン数がかなり足りません。予定ではもう1展開いれるつもりだったのでしたが、俺の中で「うぁーん! もう無理だよぉ!」ってな感じに爆発してしまったので無理です。死にます。
 内容的にもかなり薄っぺらく、「結局、おまえは何を伝えたいんだ?」と言われてしまいますね。その点は『何を伝えるより、何かを成し遂げることに意味があるんだ!』と馬鹿な理論を押し通します。
 (昔の俺が伝えたかったことなんて覚えていないもの……無理だよ、うわぁあーん!)

  正直言って、神崎美嘉の性格が微妙に変化している気がします。最終シーンを書いているときに、『鶴屋さん』が浮かんでしまって、イメージが交差しています。
 まぁ、彼女も何かが吹っ切れたのか、言葉遣いが暴走してしまってますね。一人称ゆえに語れなかった裏での出来事を、かなり苦しいものとして想像してください。
 ――ほら、なんとなく彼女が吹っ切れた理由が分かったでしょう?(無理を言いすぎだ。)

  最後にこれは気づいた方も折られるかと思いますが、主人公・暁を北欧神話の『フェンリル』とし、章に名前を付けていきました。
 ちなみに、アレン=テュールフォードはフェンリルを押さえ込んだ道具『テュール』、その飼い犬(?)を『ソール』『マーニ』太陽と月ですね、それを飲み込む存在として『スコル』『ハティ』としました。
 相棒の春斗をロキとして――なども考えたのですが、結局は行き詰っています。(サイボーグ御祖父さんは『オーディン』の姿からとってます。)
 次回長編を書くなら今度は忠実に人間関係を北欧神話に当てはめようかとも考えています。結末は変えますけども。

  では、最後まで私seironの娯楽に付き合ってくださいまして、ありがとうございました。Wikipedia様にはかなりお世話になりました。便利な世の中にしてくれてありがとうございます。
 それでは、次回作のあとがきでお会いするまで、さようなら。
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